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第73話 ゴブリンテイマー、魔道具の罠に気づく_

「何にもない……って、部屋の中は訳のわからない魔道具とか本でいっぱいじゃないですか」

「だから、それ全部君にしか見えてないんだよ」

「それって」


 僕は何度か目をこすって部屋の中を見る。

 けれど何度見ても、部屋の中が空っぽには見えない。


「もしかして、からかってます?」


 先ほどからの言動で、僕はエルダネスさんの口にする言葉がかなり信用できなくなっていた。


「いや。からかってなんていないよ。ただそうだね、部屋の中に何もないってのは正確じゃないな」


 エルダネスさんはそう言ってわずかに口元に笑みを浮かべると、両手を上下左右に動かしだす。

 最初は突然踊り出したのかと彼の奇行に一歩引いてしまったが、どうやらその動きにはちゃんとした規則性があることがわかると、最後まで様子を見ることにした。

 同じ動きを十度繰り返したエルダネスさんは、次に開いた扉の横を拳で二度ノックして、次に平手で四度叩いた。


「さぁ、もう一度部屋の中を見てごらん」

「えっ」


 エルダネスさんの動きに目を奪われていた僕は、部屋の中から目を離していたことに気づいて、彼の言葉に誘われるように目線を戻す。

 すると。


「どうなってるの……」


 先ほどまでは確かにその部屋の中は、もので溢れていた。

 そのはずなのに。


「何にもなくなって――あれは何だろう?」


 部屋の中にはぽつんと一つ、部屋の一番奥にこぶし大の箱のようなものが置かれているだけだった。


「あれがこの部屋に唯一置かれている魔道具だよ」

「もしかしてさっきの変な踊りは」

「変な踊りだなんて失敬だな。そう、あれはあの魔道具を遠隔で操作するためのものだよ。先代の館長は儀式とか言ってたけど、そんな神がかったものじゃない」


 エルダネスはそう軽い口調で告げると「もう安全だから、中に入っていいよ」と僕を手招きしながら、自らも部屋の中に入っていった。

 そして中に置かれた魔道具を床から拾い上げて、その四角い石の箱を僕に見せてくれた。


「こんな小さな魔道具が、さっきの幻を僕に見せたんですね」

「そうだよ。正確には君の脳に働きかけて、君が想像したこの部屋の中の風景を、君の脳内に作り出しただけだがね」

「どうしてそんなものが、この隠し部屋に?」

「そりゃこの部屋がさっき言ったように、道具や知識を盗みに来た人を騙すための部屋だからに決まってるだろう?」


 そう答えたエルダネス自身も「まぁ、実は私にもよくわからないんだけどね」と前置きしてから、知ってる範囲のことを説明してくれた。


「この図書館を建てた天才魔道具職人はね。自分の作った魔道具の中でも特に危険そうなものを、この図書館の奥に封じ込めたらしいんだ」

「らしい?」

「私もそう先代の館長から聞いただけで、未だにその魔道具の部屋にはたどり着けてないんだけど」


 そんな真偽不明な噂話を聞いた様々な人々が、この図書館の謎を解こうとやってくるらしい。

 そしてその大半がこの隠し部屋を見つけて、そのまま中に入り――


「出てくる時は、そんな魔道具を求めてここにやって来たことさえ忘れちゃうんだよね」

「忘れちゃうんですか?」

「そうだよ。私の代になってからも十人くらいは来たと思うんだけど、その全員が同じように忘れて、それでもなぜか満足した顔をして図書館を出て行ってね。そして二度と顔を見せなくなるんだ」


 元の位置に魔道具を置き直しながら語るエルダネスの顔は、今までにないくらい真剣だった。


「そんなことが可能なんですか?」

「仕組みは全くわからないけど、実際にそうなっちゃうんだから可能なんだろうね」


 エルダネスは床に置いた箱の上を指先でトトトントンとリズミカルに叩いてから、部屋の出口へ向かっていく。

 そして部屋から一歩出た所で立ち止まると振り返って、意地の悪そうな表情を浮かべてとんでもないことを口走った。


「その魔道具はもうすぐ起動するから、そのまま部屋の中にいれば実体験できるよ」

「ええっ!? それ早く言って下さいよ!!」


 実体験というよりエルダネスの実験台じゃないかと、僕は大慌てで部屋を飛び出すと同時に振り返る。

 しかししばらく経っても、部屋の様子に全く変化が見られない。


「もしかして騙しました?」

「いいや、私は騙してなんかいないよ」

「でもだって、部屋の中が」

「魔道具が一個置いてあるだけで、さっき見た幻のようにならないって? そりゃ当たり前だろう」


 エルダネスは可笑しそうに声を立てて笑う。

 そんな彼の姿に、散々今日ここに来てからからかわれ続けた僕は、さすがに少し頭に来てしまった。


「当たり前ってどういう意味なんですか! やっぱり僕が慌てて部屋を飛び出すのを見たかっただけなんでしょ!?」


 そう叫ぶ僕に、お腹を抱えて苦しそうに一通り笑ったあと、エルダネスが答えた。


「だって、もう君はこの部屋の中には小さな魔道具一個しかいないって知ってしまっただろう?」

「だからなんなんです?」

「わからないかい? あの魔道具はこの部屋の中を覗いた人が、この部屋の中にあると想像した景色を見せる魔道具だって言ったよね」

「だからそれが……って……まさか」


 僕はエルダネスの言葉を聞いて、やっと気づくことができた。


「僕はもうこの部屋の中の本当の風景を知ってしまったから、さっきみたいな魔道具の山や本がある部屋を想像できなくなったってことなのか」

「正解だ」

「ということは、本当にあの魔道具はもう起動してるってことですか?」

「そう言ったじゃないか」


 悪気なさそうに軽くそう答えるエルダネスに向かって、僕は驚愕の表情を浮かべながらこう叫んだのだった。


「じゃあ本当に危なかったってことじゃないですかあああああ!!!!」


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