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第72話 ゴブリンテイマー、からくりに翻弄される_

「ここでですか?」

「いいや、この奥でだよ」

「奥って、ここが図書館の端っこですよね? 窓もないですし、扉も入ってきた所にしかありませんけど」

「慌てない慌てない」


 エルダネスはそう言うと椅子から立ち上がり、壁に取り付けられている魔灯に近寄ると、それに向けて手を伸ばした。

 そして台座の部分を掴むと、右に左にと数回リズムよくひねる。

 閲覧室の中で光と影が躍る。


「なんだかチカチカする」

「すぐだから我慢してなさい」


 その言葉と同時、ガチンという何かがはまり込むような音がして、エルダネスは手の動きを止めて横に退く。


「この魔灯には仕掛けがあってね。ああやって決まった順番に動かすと上にスライドして――」

「隠し扉が開くんですか!?」

「いや。ダミーの鍵穴が現れる」


 エルダネスが笑いながら指さす先には、確かに小さな鍵穴らしきものがスライドした魔灯の下から姿を現していた。

 だがそれはダミーだと彼は言う。


「かなり面倒な仕組みだけど、今さら私がこの仕組みを変更できるわけでもないからね。じゃあ次だ」

「次って、その鍵穴に鍵を差し込むんですか?」


 僕の言葉をエルダネスは鼻で笑うと、自分の首に掛けていたネックレスを指でつまみ持ち上げる。

 するとそのチェーンの先から、一つの古ぼけた鍵が姿を現した。

 鍵穴はダミーじゃなかったのだろうか。


「君は何を言っているんだ? さっき私はなんと言ったか、もう忘れたのかい?」

「たしか、あの鍵穴はダミーだと」

「そう、ダミーだ。そして僕がこれ見よがしにぶら下げているこの鍵が、あの鍵穴にはすっぽりはまる」

「えっ。でもダミーなんですよね?」

「ああ。もちろん」


 その返事に頭が混乱していると、エルダネスはその鍵を首から取り外し、僕に投げつけた。


「わっ」

「ためしてみるかい?」

「いいんですか?」


 僕はその何の変哲もない古い鍵を指先でつまみながら尋ねる。

 するとエルダネスはとんでもないことを口にした。


「いいよ。最悪死ぬけどね」

「死――良くないじゃないですかっ!」

「最悪の場合だぞ。普通の健康な人なら数日だが、しびれて動けなくなるくらいだから安心していいよ」

「いやいやいや。これお返ししますね」


 僕は顔を青ざめながら、鍵をエルダネスに返す。

 この人、危険だ。


「まぁ冗談はここまでにして、あの鍵穴自体は実はダミーじゃないし、きちんと『ダミーの隠し部屋』が開く」

「どういう意味ですか?」

「簡単に言えばこの旧図書館ってね、かなり貴重な本とか品物が置いてあるんだ。だから昔からなんどか賊とか権力者が、それを奪おうとしてきた歴史があってね」


 建国当時、この図書館を造った一人の男がいた。

 その男のスキルは、魔導具クラフトというユニークスキルだったらしい。


「建国の歴史は長くなるから端折るけど、とにかくその男はこの王都に自分の持っている資料をまとめた図書館を造りたいと言ったらしいんだ」

「それでできたのがこの旧図書館ですか」

「ああ。彼は無類の読書家であり収集家だったからね。今この旧図書館に残っている本のほとんどが、当時彼が持っていた本なんだよ」

「当時って、この国ができてからもう何百年も経ってますよね?」

「王都がここにできてからだと、三百十四年になるかな」

「そんなに昔の本が今も残ってるなんて。よほど管理が行き届いているんですね」

「確かに管理はなるべくちゃんとしてるつもりだけどね。実はこの図書館自体が本を守るための、巨大な魔導具なんだ」

「ええっ、この図書館の建物がですか!」

「――って言ったら信じる?」

「嘘だったんですか」

「いや、本当だけど」


 この人と話すのは本当に疲れる。

 タバレ大佐が言っていた『変人』という言葉は、やはり嘘じゃなかったと僕は実感しつつ椅子に深く座り直す。

 そして体ではなく精神的に疲れてきた僕は「冗談とか嘘とか本当とかどうでもいいですから、本題に入ってくださいよ」と投げやりに言った。


「どこまで話したっけ?」

「隠し部屋だのダミーだのって所ですよ」

「ああ、なるほど。簡単に言えばここには表に出てない貴重な彼の資料や魔導具が残ってるって思われててね。それを狙う奴らのために造ってあったのがこれ――」


 エルダネスはそう口にしながら鍵穴に鍵を差し込んでひねった。

 すると壁の一部が扉の形に変化していくではないか。


「えっ……すごい……」

「これも彼の魔導具の一つらしいよ」


 呆然とする僕の表情が予想通りだったのか、エルダネスは満足げな表情を浮かべると、扉のノブを何の躊躇もなくひねった。

 最悪死ぬと聞いていた僕はその行動に一瞬驚いて立ち上がったものの、嘘だったことを思い出して足を止める。


「死にはしないよ。まだここではね」


 だがエルダネスの口から出たのは、そんな不吉なことだった。

 そして彼は僕を軽く手招きすると「扉の中を見てごらん」と言って、一気に扉を大きく開け放つ。


「うわぁ……なんですかこれ」

「何に見える?」

「よくわからないけど、これって宝石とか魔石とか魔導具とかじゃないんですか? あと、いっぱい古くて難しそうな本が壁際に並んでますけど、魔導書とかですかね?」


 扉の向こうに見える部屋はかなり広く、ラスミ亭で僕が泊まっている部屋の十倍は広く見える。

 たぶん魔灯が設置されているのだろう、部屋の中はかなり明るく、床一面所狭しと並べられている高価そうな品々がその明かりに照らされて輝いていた。

 そして壁際には見える範囲で、ぎっしりと本が詰まった本棚が並んでいた。


「そっか。君は純粋だね。そして単純だ」

「どういう意味ですか!」


 なぜか馬鹿にされた気がして、僕はエルダネスに抗議の声を上げる。

 だがエルダネスは全く気にしない調子で笑うと、扉の中を指さしながら口を開いてこう言った。


「この部屋の中はね。本当はなーんにも入ってないんだよ」


 と。


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