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第7話 ゴブリンテイマー、凱旋する

「本当にあの【炎雷団】を、エイルくんがたった一人で倒したっていうんですか?」


 ギルドの受付カウンター越しに、ルーリさんは心底信じられないといった表情で、何度目になるのかもわからない同じ質問を繰り返す。

 どうやら【炎雷団】というのは、僕がゴブリンたちと一緒に返り討ちにした、あの悪党どもが名乗っていたパーティ名らしい。


 あの後、怪我をしたゴブリーナたち数匹をテイマーバッグに収納した僕は、山麓の群生地で依頼された薬草を無事に採取し終えると、元気なゴブリンたちに【炎雷団】の連中を担がせ、街まで戻ってきた。

 そして、門番の衛兵たちの何とも言えない微妙な視線を浴びながら、ギルドへと直行したのだ。

 ゴブリンたちにはギルドの外で待機させ、ギルドに入った僕は一目散にルーリさんの元へ駆け寄り、依頼達成の証である薬草を差し出しながら事の顛末を全て報告したのだった。


 そこからの彼女の行動は、実に迅速果断だった。

 併設された酒場のテーブルに突っ伏し、ぐうぐうと呑み潰れていた【荒鷲の翼】の連中全員に、容赦なく冷水を浴びせ叩き起こす。

 ぶつぶつと文句を垂れる彼らの尻を、文字通り蹴り飛ばし、外で縄をかけられ、ゴブリンたちに見張られていた【炎雷団】を、ギルドの奥へと連行するよう指示を飛ばし、そして自らは、足早に二階へとギルドマスターを呼びに向かった。

 その間、僕は役目を終えたゴブリンたちを、ゴブハルトを除いて全員テイマーバッグへと収納し、ルーリさんが戻ってくるのをひたすら待った。

 やがて戻ってきたルーリさんは、僕に向かって【炎雷団】を本当に一人で倒したのか、と何度も何度も繰り返し問いかけてきたのである。


「ええ、まあ。もちろん僕一人じゃなくて、ゴブハルトたちと一緒に、ですけどね」


 何度そう答えても、ルーリさんは疑わしげな目を向けてくるばかりだ。

 しかし、よく考えてみれば、駆け出しの冒険者一人と数匹のゴブリンだけで、ベテランっぽい冒険者パーティを打ち負かしたなんて聞かされて、そう簡単に信じろという方が無理な話かもしれない。


「もしかしてルーリさんも、ゴブリンが冒険者に勝てるわけないって思ってます?」


 確かに、普通に考えればゴブリンは最弱の魔物だ。

 冒険者の敵ではない。

 そう思われても仕方がない。

 だけど、僕の【ゴブリンテイマー】でテイムし、過酷な訓練を共に乗り越えてきたゴブハルトたちを、その辺の野生のゴブリンと一緒くたにされては心外だ。


「そ、それはそうなんですけど……」


 何かを言いかけたルーリさんの言葉を遮って、僕はまくし立てるように話し始めた。

 村を出て、この街にたどり着くまでの半年間。

 僕は、村と街の中間地点にある、とある場所でゴブハルトたちと出会い、共に寝食を忘れ、血の滲むような訓練を重ねてきたのだ。

 その日々のことを、誰かに聞いてほしくてたまらなかった。


「実は、僕とゴブリンたちは――」

「おい、お前が噂の新人か。【炎雷団】を叩きのめして、縛り上げてきたってのは」


 僕の言葉を遮ったのは、背後から響いてきた野太い声だった。

 一体誰だと振り返ろうとした時、目の前のルーリさんが嬉しそうにその声の主に答える。


「ええ、ギルドマスター。この子が、その新人冒険者のエイルくんですわ」


 ギルドマスター。

 つまり、この冒険者ギルドの長ということだろう。

 僕は恐る恐る振り返った。


「ふむ、こやつがあの【炎雷団】を? 俄かには信じがたいな」


 そこに立っていたのは、僕の背丈の倍はあろうかという大男だった。

 腰に手を当て仁王立ちする姿は、まるで岩のようだ。

 腕の太さも、僕の胴回りより太いのではないだろうか。


「ずいぶんと可愛らしい顔立ちをしているが……本当にこいつなのか?」


 頬から顎にかけて走る大きな傷跡が印象的な、厳つい顔で値踏みするように僕の顔を覗き込んだ後、ギルドマスターはルーリさんにそう問いかける。

 可愛らしい顔立ちとは余計なお世話だ。

 心の中でそう毒づいたが、もちろん口には出さない。


「ええ、間違いなくこの子が、彼らを倒したと報告を受けています。【炎雷団】の連中も、全員が彼と……それから、ゴブリンにやられたと証言していますわ」

「ゴブリン、だと? ますます信じられんな……。おい小僧、お前の横にいるのが、その【炎雷団】を倒したとかいうゴブリンか?」

「ゴブハルトっていう名前なんです」


 僕は隣りにいたゴブハルトをギルドマスターに紹介する。


「やけに立派な名前だな。ふむ、確かに、こやつはわしの知るゴブリンよりも一回りほど大きい。それに体つきも随分としっかりとしているな」


 ギルドマスターは、僕の横に佇むゴブハルトを、しげしげと眺めながら呟いた。


「ところで、これからもう少し詳しい話を聞きたいのだが、二階の応接室まで来てもらえるか?」

「応接室、ですか? ギルドマスターと、二人きりで?」


 思わず、声が上擦ってしまったかもしれない。

 だって、こんなにも強そうで、怖そうな人は生まれてこの方見たことがなかった。

 そんな人と二人っきりなんて……。

 この人に比べれば、修行中に遭遇し、打ち倒してきた森の魔物たちの方がよほど愛嬌があるというものだ。


「わしと二人きりというのが嫌ならば……おい、ルーリ」

「はい」

「お前も応接室まで付き合え」

「構いませんが、代わりの受付担当を探して参りますので、少々お待ちいただけますか」


 ルーリさんはそう言うと、足早にギルドの奥へと駆けていく。

 その先は、【荒鷲の翼】が【炎雷団】を引き摺って行った方向だが、どうやら職員用の控え室もあるらしい。

 後で知ったことだが、ギルドの一階奥には控え室や休憩室の他に、訓練場、懲罰室、そして【炎雷団】が連れて行かれた審問室と呼ばれる部屋があるのだそうだ。


「お待たせいたしました。それではエイルくん、参りましょうか」

「は、はい」

「わしも準備をしてから行く。先に上がって待っていろ」


 僕はルーリさんの後を追うように、階段を上っていく。

 二階には五つほどの部屋があり、それぞれ、ギルドマスターの部屋、応接室、資料室、通信室、そして物置として使われているとのことだった。


「どうぞ」


 応接室の前で立ち止まると、ルーリさんはそう言って扉を開けてくれた。

 僕は恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れる。


「うわぁ……」


 応接室の内装は、僕の想像を遥かに超える立派なものだった。

 壁には巨大な魔物の毛皮が誇らしげに飾られ、部屋の中央には見るからに高価そうな机と椅子が配置されている。

 大きめの窓からは西日が差し込み、室内を茜色に染め上げていた。


「とりあえず、そちらの椅子にお掛けになって」

「こ、ここですか?」

「ええ、そちらで結構ですわ。それでは、明かりを点けますね」


 こんなにも立派な椅子に、僕のような駆け出し冒険者が座っても良いものだろうか。

 もし壊してしまったら、弁償などできるはずもない。


 心臓をバクバクと早鐘のように打ち鳴らしながら、僕は恐る恐る腰を下ろした。

 その間ルーリさんは、部屋の四隅に置かれた照明用の魔道具に手際よく魔力を流し込み、明かりを灯していく。

 仄かな光に照らし出された彼女の横顔に見惚れていると、突如、背後の扉がもの凄い勢いで開け放たれた。

 ギルドマスターが、片手にお盆のようなものを持ちドカドカと足音を立てて入室してくる。

 そして、手に持っていたお盆を高級そうな机の上に、やや乱暴に置くと、そのまま僕の正面の椅子に勢いよく腰を下ろした。

 ギシッ、と椅子の悲鳴のような音が聞こえた気がして、思わず冷や汗が背中を伝う。


「まあ、何はともあれ、大手柄だったな。茶でも飲みながら、ゆっくりと話を聞かせてもらおうか」

「では、私がお茶をお淹れしますね」

「いえ、僕がやります」


 そう言って手を伸ばしたのだが、寸でのところでルーリさんにお盆の上のティーポットを奪われてしまった。

 素早い。


「それで、だ。【炎雷団】の奴らや、【荒鷲の翼】の連中から聞いた話だが……小僧、お前は一体、どれほどの数のゴブリンを使役しておるのだ?」


 ルーリさんが淹れてくれた紅茶を一口啜り、ギルドマスターがそう問いかけてきた。


「……っと、悪い。冒険者の手の内を探るような真似はルール違反だったな」

「いえ、別にかまいませんよ」


 しまった、とばかりに頭を掻くギルドマスターに、僕はあっさりと答える。

 どうせ最初から隠し立てをするつもりなどなかったのだ。

 ただ、ゴブリンの大群を引き連れたまま街中を歩き回るのはさすがに問題があるだろうと判断し、街の外に出るまでは控えていた、というだけの話だ。


「僕自身も正確な数は把握しきれていないのですが……大体、百二十匹くらいはいるんじゃないでしょうか」



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