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第64話 ゴブリンテイマー、宿で食事をする

 ラスミ亭の中に入り宿帳へ記帳した後、僕は先に取ってもらっていた部屋に荷物を置きに階段を上った。


 部屋に入り荷物から着替えを取り出し、備え付けられていた体拭き用の水とタオルで汚れを軽く拭き取って着替えてから、一階に戻る。

 一階ではボッテリィが先に席について待っていてくれたようで、僕が店内に顔を出すと「エイル様、こっちです」と手を振って迎えてくれた。


「お待たせしました」

「いえいえ。部屋はいかがでしたか?」

「いやぁ、あんなに立派な部屋を取っていただいて、高くないですか?」

「一応この宿では一番良い部屋なのです。本当なら王都で一番良い宿を、とも思ったのですが」

「さすがにそこまではお世話になれませんよ」


 ボッテリィの話によると王都の最高級宿は貴族専用なのだそうで、各階層がそのまま一部屋扱いなのだそうだ。

 しかも全ての階に湯浴みができる部屋があり、宿には専属の炎スキル使いと水スキル使いが在籍している。


「王都で力のある大商会ならそれでも部屋の予約ができるのですが、我がダイト商会はまだまだ国内ではそこまでの力を持っていませんでして」

「全ての階に湯浴み部屋ですか。それはすごいですね。でももしそんな所に泊まったら、僕なんて怖くて眠れなかったかもしれませんね」


 ボッテリィは苦笑いを浮かべて「さて、それではそろそろ食事にしましょう。私のおすすめ料理を注文してありますので、そろそろ出てくると思います」と言った。


「僕みたいな田舎者じゃあメニューを見ても何が何だかさっぱりわからないですから、全てお任せします」


 そう口にしてから、ふと気づいた。


「今日はいいとして、明日からは僕が自分で注文しなくちゃいけないんですよね?」


 このラスミ亭はありがたいことに朝晩の二食、この一階の店で自由に料理を数品注文して食べることができる。

 つまり明日の朝からは自分自身で料理を注文しなければならない。

 しかし――

 僕は机の上に置かれたメニューを手に取って眺める。

 そこに書かれている料理は僕が今まで食べたことがない物ばかりで、名前だけではどんな料理かすら想像できないものも多い。


「ああ、それなら……」


 僕の心配事を聞いて、ボッテリィは店内を見回す。

 すると厨房から一人、黒髪を頭の横でまとめた可愛らしい少女がちょうど料理を持って出てきた。

 たぶん僕より少し年下だろうか?


「あ、いたいた」


 ボッテリィが探していたのは彼女のようだった。

 そしてその彼女はそのまま料理を持って僕たちの机までやって来ると、机の上に料理を並べた。

 ボッテリィは彼女が持ってきた料理を全て並べ終わるのを待って、その彼女に声をかける。


「カスミちゃん、ちょっといいかな?」

「何?」


 少女はわずかばかりむっとした表情でボッテリィの次の言葉を待つ。

 彼女――カスミはこの宿の経営者であるラースの娘で、歳は十四歳。

 母親が病で亡くなってから、ずっとこの宿を手伝っているらしい。

 もちろん他にも従業員はいるので彼女が無理に手伝う必要もないらしいのだが、カスミは母の代わりに自分が頑張ると言って聞かなかったそうだ。


「えっと、今日からしばらくの間だけど、こちらのエイル様がラスミ亭に宿泊することになったのですけど」

「エイル……様? もしかして貴族様!」

「僕は貴族とかそんな身分の者じゃないよ。ボッテリィさん、やっぱり僕のことを様付けで呼ぶの、やめましょうよ」

「……そのようですね。ではエイルさんでよろしいですか?」

「はい。別に呼び捨てでもかまわないんですけどね」


 そしてボッテリィはカスミにこんな頼み事をした。


「エイルさんは辺境のご出身でして、王都に来るのは初めてなのですよ」

「辺境どころかその先の山奥でずっと暮らしてましたからね」

「というわけでこのお店のメニューも見たことがないものばかりなのだそうで、できれば明日の朝からカスミさんがメニューを選んであげていただけないでしょうか?」


 僕がメニューを見てもわからないなら、店員であるカスミに全てお任せするのが一番だとボッテリィは考えたらしい。

 それは僕にとってもありがたい提案だった。

 お店の人なら下手なものを選ぶこともないだろうし、店員しか知らないおすすめとかもあるかもしれない。


「お願いできますか?」

「別にかまわないけど。お客さんだし」


 少しぶっきらぼうにそう返事をくれた彼女に、僕は「よろしくお願いします」と頭を下げる。


「さすが看板娘さんだ。話が早い」

「べ、別に看板娘なんかじゃ……」


 ボッテリィの言葉に少し照れながらも、それでも看板娘と呼ばれてまんざらでもなさそうな表情の彼女。

 言い方は悪いがボッテリィさんはこの店の常連だけあって、カスミの扱いに慣れているのだろう。


「よ、用件はそれだけかしら? だったら仕事の途中だからもう行くわね」

「呼び止めてすみませんでしたね。また追加注文があったら呼びます」

「いっぱい食べて、いっぱいお金置いてってね。それじゃ」


 カスミは照れ隠しなのかお盆で顔を隠しながらそう言うと、踵を返し厨房へ小走りに駆けて行ったのだった。


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