第63話 ゴブリンテイマー、宿に案内される
「エイル様、ご案内いたします」
「あっ、はい。でも『様』はいらないですよ」
「いえいえ、会長からも申し付けられておりますので」
最初訝しんでいたダイト商会王都支店を任されている代表のボッテリィだったが、僕が持ってきたケリー・ダイト氏からの書状を読んだ途端に、態度ががらりと一変した。
一応先触れで連絡は届いていたはずなのだが、僕がその手紙に書かれている客人とは最初わからなかったのだろう。
なんせくたびれた旅装のままの少年だ。
もしかするとスラムから悪さをしに来た子供と思われたのかもしれない。
「私も会長から急に連絡をいただいて、何が何やらまだよく理解できていませんでして」
「仕方ないですよ。当事者の僕たちですら色々ありすぎて、まだ混乱していますから」
ボッテリィと、彼が用意してくれているという宿屋に向かって歩きながら、僕らはそれぞれが知っていることを話し合った。
といってもほとんど僕が一方的に喋って、ボッテリィは聞き役に回っていたに近かったが。
「王都では辺境で何か小競り合いがあって、すでに収束したといった程度の話しか出回っていないのですよ」
「そうなんですか? でも隣国が協定を破って侵略してきたんですよ?」
「ええ、それが本当であれば……いや、本当なのでしょうが、本来ならもっと大きな騒ぎになって当たり前でしょうね」
どうやらダスカス公国軍によるあれだけの侵攻も、王都で暮らす人たちには地方の小規模な小競り合いとしか思われていないらしい。
いや、ボッテリィの話ではそもそもあの事件が隣国による侵攻だという事実すら、王都では知られていないということか。
「うーん、となると大事にしたくない勢力が情報統制をした……といったところでしょうか」
ボッテリィは腕を組んでそう唸る。
大事にしたくない勢力。
僕が思いつくのはティレルとその仲間の手が回った国の関係者。
あとはアナザーギルドのことを大々的に知られたくない者たち。
隣国とのもめごとを大事にしたくない事なかれ主義者。
そのあたりだろうか。
「あっ、着きました。ここです」
しばらく考え事に没頭していた僕は、ボッテリィのその言葉でハッと前を見る。
ダイト商会から王城のある方面へしばらく歩いた、大通りから一本中に入った場所にその宿はあった。
「ラスミ亭……ここって酒場じゃないんですか?」
開きっぱなしの扉の中から、大勢の楽しそうな声と共に美味しそうな料理とお酒の香りが漂ってきた。
「一階は酒場兼食堂で、二階から上が宿になってます」
「そうなんですね」
「このお店は見かけからは想像できないでしょうけど、実は王都で一、二を争うほど美味い飯を食べさせてくれるお店でしてね」
ボッテリィも含め、ダイト商会の従業員もよくこの店にやってくるらしい。
ケリー・ダイト氏から連絡をもらった時、彼は真っ先にこの店を思いつき、すぐに僕の部屋を取ってくれたのだそうな。
「正確にどれだけ王都に滞在なされるのかわからなかったので、とりあえず三十日ほど前払いしてあります」
「前払いですか。そんな、悪いですよ」
「いえいえ。会長からの手紙によればエイル様、あなた様のおかげでダイト商会も会長も九死に一生を得たとありました。ですからこれくらいさせていただいて当たり前だと思ってください」
僕とボッテリィは「少しくらいは手持ちもあるので払いますよ」「いえいえ、受け取れません」と店の前でしばらく言い合った。
だけど結局はボッテリィに押し切られ、恐縮しながらお礼を告げると、僕と彼は二人でラスミ亭の中へ入っていったのだった。




