第62話 ゴブリンテイマー、油断する
「あのぉ……」
「なんだ?」
王城の入り口の詰め所にたどり着いて書状を渡し、すでにかなりの時間が経った。
だというのに未だに僕は中に呼ばれることもなく、一人立ちぼうけている。
「まだ連絡はないですか?」
「ないな」
門兵は手持ちの板状の連絡魔導具をちらっと確認してそう答えた。
書状を手渡した連絡係らしき兵士も既にとっくの昔に戻ってきていて、僕の書状はきちんと担当へ渡されていることは確認している。
「いつもこれくらい待つんでしょうか?」
「そうだな。予約がなければ普通は数日待たされることもある」
「予約?」
「ああ。王城ってのは様々な貴族や商人がひっきりなしにやって来るんだ」
僕が待っている間にも、何台もの馬車が門兵の指示に従い王城の中に入っていった。
彼が言うのはそういう人たちのことだろう。
「だから誰も彼も予定がぎっしり埋まっていてな。突然の来客に対応するには時間がかかるんだ」
「そうなのですね」
「まぁ、お前のように武勲や殊勲を上げて、その褒美を与えるために呼び出される者も時々来るが、優先順位はかなり低いと思ってもらってかまわん」
門兵曰く、到着数日前に先触れで到着日を伝えておくとこれほど待つことはないらしい。
それでも格の高い貴族や商人、外国の要人などの面会が急に入れば、その分後回しにされるとのこと。
「と言ってる間に来たようだな」
門兵は手元の魔導具に目を落としながらそう言った。
どうやらやっと僕の番が来たらしい。
陽はすでに天を通り過ぎて久しい。
僕としてはこれほど待たされるなら、先に宿へ一度顔を出したかったなと思いつつ門兵の顔を見る。
「エイル君だったな」
「はい」
「今連絡が来て、君への叙勲式は五日後の昼過ぎに行われることになったと連絡が来た」
「え? 五日後ですか?」
「ああ、五日後だ」
まさか国の都合で王都へ呼び出されたというのに、それほど待たされるとは思っていなかった。
遅くても翌日には何かしらの褒美をもらって帰れるのではないかと。
ギルマスたちも王都について数日はかかるかもしれないとは言っていたけれど、まさか五日も待たされるなんて。
しかもその間の滞在費や経費も全部僕持ちである。
褒美をもらいに来たはずなのに出費の方が多くなりそうで、僕はげんなりと表情を曇らせた。
「この札を渡しておくので、当日正午前にはここへまた来てくれとのことだ」
「これは?」
「通行証だよ。これを失くすとまた何日も待つ羽目になるぞ」
僕は通行証を受け取ると、テイマーバッグと反対の腰に付けた小物入れに厳重にしまい込む。
失くすわけにはいかない。
「あと王都に滞在する間泊まる宿は決まっているか?」
「いいえ。一応知り合いの商会の人が手配してくれるとは聞いてますけど、まだそちらに顔を出せてないので」
「そうか。宿泊先が決まれば教えておいて欲しいとのことなんでな。面倒だろうが、宿が決まったら後でもう一度ここまで来てくれるか?」
二度手間だし、かなり広い王都でまたここまで来るのも面倒だと思いながらも僕は頷く。
ダイト商会が用意してくれる宿が王城から遠ければ、今度こそ個人馬車を利用しよう。
「それじゃあ待ってるぞ」
僕は門兵に軽く頭を下げると、次の目的地であるダイト商会王都支店へ足を向けた。
ダイト商会王都支店の場所は、来る途中に見かけたので場所は覚えている。
先に寄っておけば良かったなと思いつつ僕は足を速め、来た道を戻る。
ダイト商会はタスカ領でこそ最大手だが、王都では新参だ。
なので店自体もそれほど大きくない上に、店の場所も大通りではなく少し中に入った場所にあった。
「近いうちにレリックと協力して大通りに店を出してやるさ」
ケリー・ダイト会長はそう言っていたが、王都ともなるとライバルも多くなかなか厳しい現実があるとか。
「えっと、この路地を進んだ先だったはずだけど」
僕は途中教えてもらった『近道』である狭い路地を進む。
表の道と違い、馬車どころか人が数人すれ違える程度の狭い道である。
しかもそんな道だというのに人通りが結構あり、時々肩と肩がぶつかりそうになるほどだ。
「王都って本当に人がどこに行ってもいっぱいだな」
右へ左へ人を避けつつ前へ進む。
そしてやっと路地の出口が見えてきた時だった。
「おい、ラスター」
突然後ろから僕の肩に手が置かれてそう呼びかけられた。
もちろん僕はラスターなどという名前ではない。
一体誰のことなのかと振り返ると、やはり僕の肩に手を置いた男の顔には見覚えがなかった。
「あっ」
僕が振り返ると同時、その男はばつの悪そうな顔で「すまない。知り合いかと思ったら人違いだったようだ」と答えるときびすを返し、人混みの中へ去って行く。
「びっくりした。でもこれだけ人が多いと間違うこともあるよな」
それでも知らない土地で突然後ろから声をかけられると、かなり驚いてしまう。
今も心臓がドキドキしているほどだ。
「人が多すぎるのも困りものだね。なんだか疲れてきたし、さっさと宿に案内してもらおう」
そう独り言を呟きながら僕は路地を抜け、目的の場所であるダイト商会王都支店に向けて駆け出す。
慣れない人混みと長時間待たされた疲れ、そして突然知らない人に声をかけられた驚き。
様々な要因が重なって、その時僕は気づかなかった。
腰の小物入れの紐が、いつの間にか緩んでいたことに。