第60話 ゴブリンテイマー、王都の門へ
僕はタバレ大佐の元に、ゴブリンシーカーの一人を『派遣』という形で残していくことに決めた。
「正直、誰を信じていいかも、いつどこで聞き耳を立てられているかも心配しながら動くのは骨が折れるからな」
タバレ大佐は心底うんざりしたような表情でそう言ったあと、顔に少し安堵の笑みを浮かべて続けて口を開く。
「ゴブリンシーカーの能力は先ほど聞かせてもらったが……これでこの先の職務を安心して行えるようになる。感謝する」
ゴチャックはあの後事務室を出て、駐屯所の周りを詳細に調べてくれた。
その結果、怪しい動きをしている旅人を一人見つけ、僕に報告してきたのだ。
兵士を送ってその旅人を拘束し尋問したところ、どうやら彼はタバレ大佐たちの動向を探っていた何者かの手の者だと判明した。
といっても末端で簡単に切り捨てられる程度の者だったようで、黒幕が誰なのかまでは知らされていなかったらしい。結局誰が彼を送り込んだのかはわからずじまいだったけれど。
「それでもやはり私の周りには、裏切り者が紛れ込んでいるということは確実になったからな……」
派遣したゴブリンシーカーとタバレ大佐たちの意思疎通は、簡単なハンドサインで行うことになった。軍隊式のそれを僕を通じて覚えさせることに成功した時は、僕自身も驚いたものだ。ゴブリンたちは進化することで、その知能も確実に上がっているらしい。
「お客さん。そろそろ出発したいのですが……」
「あっ、すみません、今行きます!」
王都へ向かうキャラバンの代表者である商人が、馬車から顔を出して少し呆れたようにこちらを見ている。
「我々の都合で出発を一日遅らせてしまったからな。すまなかった」
スパイの尋問やゴブリンシーカーとの意思疎通訓練などで時間を費やしたため、結局僕が乗るはずだったキャラバンを一日足止めすることになってしまった。
もちろんその分の保証は軍が負うことと、万が一損害が出た場合を考えて各所への書状をタバレ大佐の署名入りで商人には渡してくれていた。
(といっても一日程度の遅れは、長距離を移動する商隊にとっては誤差みたいなものだろうけど……)
それでもそういった細やかな配慮を見せるタバレ大佐の人となりを知って、僕は安心して大切な家族の一人であるゴブリンシーカーを彼の元に送り出すことを決めたのだった。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました。道中お世話になりました」
「坊主も気をつけてな。王都はいいところだが、悪い奴も多いからよ」
王都の門の手前にある大きな馬車駅で僕は馬車を降り、商隊の代表である商人に頭を下げた。
王都に入るには入都審査というものがあり、それなりの時間がかかる。この馬車駅は王都へ入る巨大な門の手前に作られていて、審査の順番待ちや準備をする人々で、まるで一つの小さな町のようになっていた。
「本当は、この許可証で皆さんと一緒に入れれば良かったんですけどね」
「はは、気にするな。どうせ商隊の場合は荷物検査が最低限でも必須なんだ。貴族様のキャラバンならともかく、個人に発行されたその許可証じゃあ一緒には通れんさ」
馬車駅から王都の巨大な門の方へ目を向ける。
そこには門からズラリと、どこまでも続くかのような人や馬車の列ができていた。列は数本あって、それぞれ王都民用、旅人用、商人用、貴族用などに分かれているらしい。
「じゃあ、行ってきます」
「おう。また中でな」
僕は乗せてもらってきた商隊の長に手を振ると、王都の門へ向けて走り出した。
僕が目指す列は一番流れが速いという貴族用の列だ。
といっても貴族の列も長さ自体は商隊の列と同じくらいある。これは彼らが護衛や貴族として必要な物資を何台もの馬車に積んでいるせいで、実際の人数はそれほど多くないからだという。
僕はその最後尾にたどり着くと、前を行く立派な馬車の速度に追いつくため早歩きで進んだ。
途中、後ろから来た貴族家の護衛らしき人に「列を間違ってるんじゃないか、坊や」とからかわれたりもした。けれど僕が国からの書状を見せると、今度は「一体おまえさん、何をやらかしたんだ?」と逆に心配されたりもした。
「ちょっと地方の都市で武勲を上げたんです」
「はっ? お前さんみたいな子供が武勲を?」
「ええ。僕はテイマーなので」
「なるほどねぇ……」
こういう時「テイマー」と言えば話が通じやすいと、ネガンさんから教えてもらっていて助かった。
なぜならテイマーは見かけだけではその実力を判断できないからだ。見た目は弱々しくても、恐ろしく強力な魔物を使役しているテイマーも世の中には多くいる。だから護衛をしているような腕利きの人物であれば『テイマー』という言葉だけで、全てを察してくれるというわけだ。
(ただし『ゴブリン』という言葉は隠すようにとも言われたけど……それは仕方がないことだ)
なんせ世間一般的にはゴブリンは子供以下の最弱種族。そのテイマーだと言ったら、馬鹿にされるか何か裏があるのではと疑われるのがオチだろう。
「次。……なんだ、坊主か」
流れるように進む馬車の列が終わり、ついに僕の番になった。
そしてやはり門番は僕を見て、いぶかしげな表情を向けてきた。
「そいつ、地方で武勲を立てて国から呼び出されたテイマーさんらしいぜ。証書を確認してやってくれ」
親切なことに、後ろにいた護衛の人が門番に向けてそう口添えしてくれた。
顔は強面だったけれど、優しい人なのは列に並んでいる間の短い会話でわかっていた。ありがたい。
「なるほど、そういうことか。……それじゃあ許可証を見せてくれるかな?」
「はい、これです」
少しだけ声のトーンが優しくなった門番が手を差し出した。
僕はその手に、王都から送られてきた羊皮紙の許可証を渡す。
「ふむ……問題ないようだな。通ってよし」
「ありがとうございます!」
僕は門番に深々と頭を下げ、次に後ろを振り返り「おじちゃんも、ありがとう!」ともう一度頭を下げる。
「おいおい、俺はまだ『おじちゃん』って言われるような歳じゃねぇよ」
苦笑いする彼に「すみません、お兄さん! また会えるといいですね!」と元気に返す。
そして僕はもう一度王都の方へ向き直ると、はやる心を抑えきれず巨大な門の中へと駆け出したのだった。
暫くはカクヨムでの掲載話数においつくまで、一日複数回更新します。
少し手直しして転載していきます。