第59話 ゴブリンテイマー、別れを告げる
馬車の前で、僕は見送りに来てくれた二人に別れを告げた。
片方は笑顔のタバレ大佐、もう一人はもちろんネガンさんだ。
ただしネガンさんの方は痛々しく松葉杖をついていて、顔もまだ少し腫れが残っている状態だったけれど。
「エイル、気をつけてな」
「はい。お二人もタスカ領のこと、よろしくお願いしますね」
「ああ、任せておけ」
タバレ大佐から、この駐屯所には実は回復ポーションがあることを後で聞いた僕は、「なぜ使わないんですか?」と尋ねてみた。
本来なら回復ポーションを使えばある程度はすぐに回復するはずなのに、ネガンさんはそれを頑なに断ったのだそうだ。
曰く、「訓練で負った傷は自らの治癒力で回復することで、さらに強くなれるのだ」そうで。
……といっても、これから彼は上司であるタバレ大佐を護衛しながら王国軍第十三連隊の本隊へ合流するという任務がある。さすがに出発前にはポーションで無理やりにでも回復させる必要はあるだろう。
それでもネガンさんは、ぎりぎりまで自力で回復すると言い張っているらしい。
正直僕には少し理解しがたい理由だけれど、実際彼はあの状態のゴブハルトと互角に渡り合ったほどの強さを持っている。
ネガンさんの強さがその自然治癒に任せるという独特の方針のおかげだけとも限らないだろうし、僕が簡単に一笑に付すわけにもいかない。
「ゴブハルト、またやりあおう。……今度は真剣でな」
『ゴブ』
そんなネガンさんの物騒な頼みで呼び出されたゴブハルトの方は、テイマーバッグの治癒力でかなり回復しているようだ。
テイマースキルを持たないネガンさんとゴブハルトでは言葉は通じていないはずなのに、なぜか二人は深く分かり合っている様子に見える。
交わされているであろう会話の内容は恐ろしいけれど、お互いにどこか嬉しそうな笑顔を浮かべているところを見ると、敵視というよりは良いライバルを見つけたといった感じなのだろうか。
(しかし、とんでもない戦闘狂同士を引き合わせてしまった気がするな……)
最初に会った時は、真面目で優しい騎士様だと思っていたのになぁ。
「殺し合ってどうする。協力し合え、協力」
ネガンさんの物騒な言葉に、隣でタバレ大佐が呆れたような声を出す。
「ゴブハルトもそんなに興奮して殺気を振りまかないでよ。馬たちが怯えちゃうだろ」
ネガンさんとゴブハルトの間から漏れ出た闘気に、馬車を引く馬たちがあからさまにそわそわし始めていた。このままだと、僕らを置いて走り出しかねない。
「ゴブハルト、もう戻って」
『ゴブ!』
僕は慌ててゴブハルトをテイマーバッグに戻すと、改めて二人に向き直る。
「それでは、王都へ行ってまいります」
「なんだか最後はドタバタしてしまったな」
タバレ大佐と二人で、がっちりと握手を交わす。
「すまないな、エイル殿。少し冷静さを欠いてしまったようだ。まだまだ修行が足りないな、私は」
「お前は子供の頃から変わらんからな。この先も変わるとは思えんが」
「その度に止めていただいて、感謝しておりますよ、大佐」
「俺はお前のお守り役じゃないんだがな。……いや、むしろ俺の方が本来ならお守りされる方か」
そう言って笑い合う二人の気の置けない会話に、僕もつられて笑ってしまった。
(僕にも、こんな風に仲の良い幼なじみがいたな……)
だけど今はもう彼らのように、一緒にいることはない。
(……あいつは、元気にしているだろうか)
「それじゃあ大佐。お願いした件、頼みます」
「ああ。君の故郷の村と、その住民たちの安否確認だったな」
僕は生まれ育ったあの村のことを、タバレ大佐に調査してもらえるよう頼んでいたのだった。
「はい。ダスカス公国軍の進軍ルートからは外れた山奥ですが……それでも心配なので」
「だが……君は、その村からある意味捨てられたのではなかったのかい?」
「それは……僕は家を継ぐために必要な長男でもありませんでしたし、あの頃は僕のこのスキルも役立たずだと、僕自身も思っていましたから……」
辺境の、さらに奥地。
生きるだけでも大変な貧しい寒村では、役に立たない者を生かしていけるだけの余裕はない。
物心が付く前から、そんな村の厳しい現状を僕も見て育ってきた。
だから僕は村の人たちを、心の底から責める気持ちはあまりない。
もちろん全くないわけではないけれど……でもそのおかげで、ゴブハルトたちと出会うことができたのだから。万事塞翁が馬、ということなのだろう。
「……わかった。これ以上は言うまい。だが調査をするといっても、すぐには無理かもしれん」
「他の任務が落ち着いてからでかまいません」
今タバレ大佐たちがやらなければならない任務と比べれば、僕の生まれ故郷の調査など一番後回しにすべき案件だ。
それに僕はあの村が無事かどうかを知ったところで、何をするとも考えていない。
ただふとタバレ大佐とタスカ領の状況について話していて、あの村の記憶が頭に浮かんできただけのことなのだ。
「ああ、承知した。なるべく早く調べるつもりだ。君への連絡はギルド経由じゃなく、レリック商会を通すのだったな」
「はい。お話しした通り、ギルドにはスパイが紛れ込んでいる可能性が高いので」
ギルドにはギルド同士で連絡を頻繁に取り合うための、専用の連絡網が存在する。
本来ならそれを使うのが一番早い連絡方法なのだが、僕にはそれを使いたくない理由がある。
それは――
「アナザーギルドか……。まったく、ぞっとしない話だな」
「詳しい話は領都でアガストさんから聞いてください。アナザーギルドの関係者の洗い出しと調査をさらに進めておくと、別れ際に言っていましたので」
「ふむ。ではこちらから例の件を王国へ報告する時に、アナザーギルドの調査状況も付け加えておくことにしようか?」
「いいのですか? 色々と軍の機密とか……」
「気にするな。お前さんには知る権利がある。それに……これを貸してくれた礼というのも失礼な言い方かもしれんが、素直に受け取ってくれ」
タバレ大佐はそう言いながら、自らの背後を指さす。
そこにいたのはいつの間にか呼び出されていたらしい、一匹のゴブリン。
『ゴブ』
それはゴチャックの下で働いていた、有能なゴブリンシーカーの一人だった。




