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第58話 ゴブリンテイマー、スパイを警戒する

「大佐はこれからエヴィアスまで行くんですよね?」

「ああ。そこで国境の砦の改修工事と、その警備に当たる予定だ」


 ゴブハルトとネガンさんの模擬戦からしばらくして、タバレ大佐の使いとしてやってきた駐屯兵の案内に従い、僕はまた先ほどの事務室に呼び出されていた。

 今度は彼らがこれから何をするのかという話を聞くためだ。


「その前に領都エモスでしばらく滞在しつつ、今エモス領の領主代理をしているアガスト氏からも話を聞くことになっている」


 彼ら王国軍第十三連隊は、王国軍の総司令部からの命令でエモス領の治安維持を目的として動くらしい。

 もちろんダスカス公国の再びの侵攻を未然に防ぐための砦の強化や、山越えに対抗するための備えなども重要な任務だという。


「当初は我々ではなく、もっと主力が送られるはずだったんだがね……」


 机に肘をつきながら、タバレ大佐が自嘲気味に笑う。


「君たちがダスカス軍を撃退したという報告が王都に届いてすぐに、王国会議と軍議が行われてな」


 そして自分自身を指差しながら。


「我々第十三連隊だけで十分対処できるだろうということになったらしい」


 と、軽く肩をすくめた。

 その表情からは厄介ごとを押しつけられたという思い以外に、何やら強い憤りのような感情が察せられる。

 タバレ大佐が今回の任務を快くは思っていないことが、ひしひしと伝わってきた。


「一歩間違えば、大規模な侵攻を受けてかなりの被害が出る所だったのに……」

「そうだね。もちろん軍の中でも貴族の中でも、そういう声は少なくはなかったさ」


 あの時あの場所に、ゴブリン軍団という『軍』に近い戦力を動かせる僕がいたのは、全くの偶然に過ぎない。

 さらに言えば、進化したワイバーンであるケルシードが相手の航空部隊を壊滅させてくれなければ、僕たちだけでは抑えきれなかっただろう。

 偶然と幸運が味方になったおかげで、なんとか乗り切った勝利でしかなかったのだ。


「それでも君たちが撃退したという報告を聞いて……彼らは思ったのさ――」

「何を、ですか?」

「冒険者やゴブリンしか従えられないようなテイマー一人で撃退できたということは、ダスカス公国が本気で我が国を侵攻するために軍を上げたわけではない。隣接するダスカス公国エフォルテ領の領主が暴走しただけに違いない……とね」


 タバレ大佐はそこまで口にすると、部屋の外にまで聞こえそうな大きな声で、はっはっはと笑う。


「馬鹿馬鹿しい話だろう?」

「ええ……。そんな一領主の暴走で片付けられるような話じゃありませんよ。普通は」

「そうだ。そんなことは馬鹿でもわかるはずだ。いや、君のことを馬鹿だと言っているわけではないぞ」

「わかってます。あなたが言いたいのは――」

「おっと、それ以上は軍法会議ものだぞ。……という冗談は置いておいてだな」


 タバレ大佐は僕に向けて、近くに寄るようにと手招きする。

 僕は椅子から腰を浮かせ、彼に近づいた。


「一応私はここに、信頼する部下であるネガンだけを連れてきた。その理由は……第十三連隊の中にも、スパイが紛れ込んでいる可能性があるからだ」

「……賢明なご判断だと思います」


 少し前の僕なら「スパイとか、冗談ですよね?」と聞き返していたかもしれない。

 だけどティレルという得体の知れない存在と、アナザーギルドという闇の組織を知ってしまった今は、とてもではないがそんな風に笑い飛ばすことはできなくなっていた。


「もしかしてこの部屋も、盗聴されている可能性を心配してらっしゃるんですか?」

「もちろんだ。一応私とネガンしかこの部屋には入っていないことは確認したが……それでも用心するに越したことはない」

「でしたら調べてみましょうか?」


 僕は小さな声でそう答えると、テイマーバッグからゴチャックを呼び出した。


「……そのゴブリンは、先ほどの個体とは違って普通のゴブリンのようだが?」

「彼はゴチャック。こう見えても『ゴブリンシーカー』に進化してるんです」

「ゴブリンシーカー……。初めて聞く進化名だな。それで、ゴブリンシーカーは何ができるんだ?」

「彼は主に諜報活動が得意なので、これからこの部屋の周囲を探ってもらおうと思いまして」


 そう答えながら僕はゴチャックに念話で指示を出す。

 指示を受けたゴチャックは小さく頷くと、足音も立てずに部屋の中を走り出した。


「少し、調査報告を待ちましょう」

「……しかし、ちょこまかと歩き回っているな。こうやって見ていると、ゴブリンというのも存外可愛く見えてくるものだな」


 しばらく部屋の中を走り回っていたゴチャックだったが、やがて扉の前でぴたりと止まると僕を振り返った。

 どうやら部屋の外に出たいらしい。


「外は駐留兵がいるぞ?」

「『大丈夫だ』と言ってますね。扉を開けてもいいですか?」

「ふむ。……まあ見つかったとしても、君がテイマーなのはすでに皆も知っているだろうし、騒ぎにはなるまい。かまわんぞ」


 その返事を聞いて僕は椅子から立ち上がると扉に向かい、ゆっくりとゴチャックが出て行けるだけの隙間を開けた。

 その隙間をするりと音もなく抜けて出て行くゴチャックを見送ってから、僕は扉を静かに閉める。


「どれくらいかかりそうかね?」

「たぶんそれほど時間はかからないと思いますよ。あと、一応この部屋の周りは盗聴されている様子はないそうです」


 ゴチャックが出て行く前に僕に伝えてきた調査結果を、タバレ大佐に伝える。


「ではなぜ彼は外にまで行ったのだ?」

「この部屋だけでなく、色々調べたいみたいですよ。まぁ、それが彼らの本能みたいなものなので」

「本能か。……そういう所は、やはり魔物なのだな」


 僕は苦笑いを浮かべながら席に着く。

 そしてタバレ大佐に向けて、こう切り出した。


「それじゃあ安全が確認されたところで……僕からのお願いを聞いてもらえますか?」


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