第57話 ゴブリンテイマー、剣戟を見守る_
ガンッ!
地を蹴って飛び上がったゴブハルトが、体重を乗せて振り下ろした木剣を、ネガンさんの盾が鋭い音を立てて弾く。
弾かれた勢いを利用し、ゴブハルトはそのまま空中で独楽のように回転、もう一本の木剣で斬りかかるが、ネガンさんは盾で弾くと同時に数歩後ろに飛び退き、間合いを取っていた。
「はっ!」
ゴブハルトの二撃目が空を切った、その瞬間。ネガンさんは一気に踏み込みながら、まだ空中で十分な姿勢を取れないゴブハルトに向けて、下から上へと木剣を切り上げる。
だがゴブハルトも無理な姿勢ながら、それに鋭く反応する。
『ゴッ!』
盾に弾かれた方の木剣の勢いを、無理やり回転速度を上げるように回し、切り上がってくるネガンさんの木剣を上から叩き落とすように打ち返した。
とはいえ、ネガンさんの剣の勢いがそれで完全に削がれたわけではない。
いくら進化したゴブハルトが強力でも、空中という踏ん張る足場のない場所では、その威力と体重を十分に活かすことは難しい。
ゴブハルトが打ち返した木剣をまるで意に介さないかのように持ち上げ、ネガンさんの刃がゴブハルトに迫る。
「なっ!」
『ゴブブッ!』
見てわかるほどの力がネガンさんの腕から感じられたと同時に、ゴブハルトは自らの剣を引いた。
ゴブリンの体の柔らかさもあるのだろう。そのままネガンさんの剣の勢いを利用するように体を仰け反らせると、横回転から体を縦回転に剣を軸にして変え、鋭い蹴りを、切り上げてがら空きになったネガンさんの顔面目掛けて放った。
「なにっ……くそっ!」
一瞬、その変幻自在な蹴りに気づかなければ、勝負はそこでついていただろう。
しかしネガンさんはゴブハルトの力が一瞬緩んだことで、何かを狙っていると察していたようだ。
ネガンさんは迫るゴブハルトの足の動きを見て、回避は無理だと瞬時に判断したらしい。
そしてまだ振り下ろしかけているゴブハルトの足に向けて、自らの体をわざとぶつけるように動いたのだ。
(そうか、蹴りやパンチは、ある程度速度が乗らないと本来の威力は出ない。技の出だしはまだ威力が低いんだ!)
「ぐっ!」
『ゴガッ!』
ネガンさんが無理やり捻って突き出した肩が、まさに蹴りを放とうとしていたゴブハ-ハルトの膝に鈍い音を立ててぶち当たった。
そして今度こそ、二人はそれぞれ弾かれるようにして地面に転がる。
「ハァッ……ハァッ……」
『ゴブッ……ゴブッ……』
ワァッー!
「す、すげぇぞ兄ちゃん!」
「おい見ろよ、そっちのオークもなんてぇ俊敏さだ!」
「テイムされた魔物ってのは、野生より強くなるって話は本当だったんだな!」
一瞬の、息もつかせぬ攻防の後、固唾をのんで見守っていた周りの人たちが一斉に歓声を上げた。
ちなみに彼らにも、そして僕にも、今の瞬間に一体どんな戦いと駆け引きが繰り広げられたのかは、完全には理解できていなかった。
(たぶん自らに付与魔法をかけて知覚力を上げれば、僕にも今の攻防がわかったんだろうけど……。こんな時にそんなものを使うわけにはいかないしな……)
細かい部分は後でタバレ大佐あたりから教えてもらうしかないだろう。
その後、ネガンさんとゴブハルトは互いの木剣がへし折れるまで激しく打ち合った。
それでも飽き足らず、今度は格闘で勝負を続けようとしたが、さすがにネガンさんがこれ以上怪我をしては、この先の任務に支障をきたす。そう判断したタバレ大佐と周りの兵士たちが、全員でネガンさんを地面に押さえつけた。
一方のゴブハルトも、よほど楽しかったのか「まだ続けたい!」という『声』が僕に届いたが、さすがにここで止めることにした。
これはあくまでも模擬戦であって、戦闘狂同士が動けなくなるまで本気でやり合う場ではないのだから。
ゴブハルトの怪我は見た感じネガンさんと同じくらいだったが、ゴブハルトの場合はテイマーバッグに戻れば回復は早い。
「それじゃあ、また後で迎えを出すから待っていてくれたまえ」
「わかりました。僕は一旦馬車の方に戻っていますね」
兵士たちに引きずられていくネガンさんと、苦笑いのタバレ大佐にそう言葉を交わした僕は、少し不満そうなゴブハルトをなだめてからテイマーバッグに戻す。
すると周りで見ていた観客たちが、一斉に僕の方へわらわらと近寄ってきた。
「いやぁ、良いもの見させてもらったぜ、坊主!」
「あのオークは坊っちゃんがテイムして育てたのか? 大したもんだ、見かけじゃわかんねぇな!」
「ほら、これ小遣いだ。なにかうまいもんでも喰いな!」
「テイマーってのは初めて見たけんども、そげなちっさな鞄にあんなでけぇのが入っていくっちゃぁ、不思議だべなぁ」
「飴ちゃん、いる?」
様々な人たちから口々に褒められたり、お小遣いを貰ったり、わいわいともみくちゃにされながら、僕はなんだか少し複雑な気持ちになったのだった。




