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第56話 ゴブリンテイマー、力試しを見守る

「おいおい坊主、一体なにが始まるんだ?」


 中継所には、様々な旅人や商人がやってくる。

 今、僕に話しかけてきたこの男性もそのうちの一人で、王都で仕入れた商品を地方へ売りに行く途中なのだという。


「騎士様とゴブリンの一騎打ち……というか、力試しみたいなものですよ」

「ゴブリン? あれがゴブリンだってのかい。俺の知ってるゴブリンとは、大きさも姿も全然違うじゃねぇか」

「進化したゴブリンですからね」

「はっ、ゴブリンが進化するわけねぇだろうが」


 世間一般では、ゴブリンは進化しないと思われている。

 実際、僕がゴブハルトたちの実力を見せるまで、ルーリさんだけでなく、経験豊かなギルマスでさえそう信じていたほどだ。だから、一介の商人であるこの男性が知らないのも仕方が無いことだろう。


「オークの変異種か何かに違いねぇ」

「……かもしれませんね」


 いちいち説明するのも面倒なので、僕は当たり障りなくそう返事を返す。

 中継所には、ここを守るために駐留する兵士たちの詰め所があって、僕も少し前まではその中でタバレ大佐とネガンさんの二人と話をしていた。


 彼らは貴族ではあるけれど、元々跡継ぎ争いからは離れた身の上らしく、それに貴族という立場を振りかざすのが好きではない、好人物のようだった。

 僕の話をどこまで王都で聞いて知っていたのかはわからないけれど、普通の人なら荒唐無稽だと一蹴するであろう「ゴブリンが一国の軍を撤退させた」という話を、彼らは真剣に聞いてくれた。


 最初こそ腹の探り合いで、僕もなるべく自分の力は隠そうと意識して話をしていたのだけど、彼らの紳士的な態度に、つい油断して余計なことまで口走ってしまった。

 いや、原因は実は僕よりも、ゴブハルトにあるのだけれど。


「しかし、あんな立派な騎士様が、こんな所でオーク(?)と模擬戦闘とか。おかしなことをするもんだねぇ」

「……ですよね」


 僕が呼び出したゴブハルトは、何故か、呼び出したその瞬間にすでにゴブリンオーガの姿になっていたのだ。

 しかも、もっとよくわからないことに、ゴブハルトは愛用の双剣を抜き放った状態で現れたのである。


 もちろん、タバレ大佐の護衛としてその場にいたネガンさんは、一瞬にして腰に差した剣を引き抜き、ゴブハルトに斬りかかった。

 結果、狭い事務室の中でネガンさんとゴブハルトは、僕とタバレ大佐が慌てて制止するまで、数合の激しい打ち合いを繰り広げることになってしまった。


 後でゴブハルトに問いただしたところによれば、彼はどうやら「紹介される」ということで、色々と気合を入れて準備をして待っていたそうだ。

 確かに、詰め所に行く時に「場合によってはゴブハルトたちを紹介する」とはテイマーバッグの中のゴブハルトには伝えておいたけれど、まさか彼がそこまでするとは想定外だった。

(それもこれも、魔石を食べてゴブリンオーガに進化した影響なのかな……)

 明らかに、通常の魔物ではあり得ない思考や行動を、ゴブハルトはするようになっている気がする。


「さて、ゴブハルトくん。君の力を改めて測らせてもらうよ」

『ゴブッ』


 ネガンさんは、部屋の中で使った真剣とは違い、今は木剣と小ぶりの盾を構えながら、相対するゴブハルトにそう告げる。

 一方のゴブハルトも、いつもの双剣から木剣二本に持ち替えて、やる気に満ちた返事を返す。


 どうやらこの二人は、あの事務室での一瞬の打ち合いで、何か通じ合うものがあったらしく、「是非ともお互いの剣の腕を試したい」と言い出したのだ。


 タバレ大佐が頭を押さえながら「またネガンの悪い癖が……。しかも、相手はゴブリンだというのに……」と呆れたように呟いていたところを見ると、どうやらネガンさんは、僕がそれまで感じていた紳士的な印象とは違い、かなりの戦闘狂なのかもしれない。


 結局、僕はゴブハルトからも「お願いします!」と強く頼まれ、更に諦めたような顔のタバレ大佐からも「まあ、少しだけなら……」と後押しされ、渋々ながらこの模擬戦を許可するしかなくなったのだった。


「本当は、あまりゴブハルトの力は見せたくなかったんだけどなぁ。しかもゴブリンオーガモードは……」


 冒険者は、みだりに自らの力を人に見せつけてはいけない。それは時と場合によっては、己の弱点を晒すことにも繋がるからだ。

 そう教えてくれたのは、ルーリさんだったか、ギルマスだったか。

 秘めた力は、ここぞという時に最大の武器になる、ということも。


(僕がティレルの策略を潰すことが出来たのも、奴が僕とゴブリンたちっていうイレギュラーな力を知らなかったからだもんな……)


 相手に自分の手の内を知られないということは、それだけで大きな力になる。そのことを、僕はあの戦いで痛いほど実感した。


「なのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。話が弾み過ぎちゃったせいかなぁ……」


 僕はため息をつきながら、ゴブハルトたちを挟んだ対面側に座るタバレ大佐に目を向ける。

 相変わらず、無理矢理威厳を出すために付けたであろう付け髭がズレている。そんな一見間抜けそうにも見える彼に、油断してしまったのかもしれない。


「あの人、滅茶苦茶聞き上手だったな……。ルーリさんもそうだったけど、あの人はそれ以上だったかもしれない」


 とにかく、人の心の緊張を解き、自然に話させるのが得意な人であった。

 自らはあまり口を開かないけれど、話の途中で的確なタイミングで相槌を打ち、話の流れを巧みに誘導する。


 そして気がつけば、あれだけ警戒していた僕が、全てを話してしまいそうになるほど自然に流されていた。

 ゴブハルトがある意味「粗相」をしてしまったという負い目があったとはいえ、ゴブハルトが「早く模擬戦をしたい」と言い出さなければ、危なかったかもしれない。


「では、行くぞ!」

『ゴブッ!』


 そんな僕の後悔と反省をよそに、ネガンさんとゴブハルトの、どこか楽しそうなかけ声が、中継所の広場に響き渡ったのだった。

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