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第55話 ゴブリンテイマー、大佐と語る

「お名前を教えていただけますでしょうか」


 そう、名前だ。


 僕がここに連れてこられてから、まだ一度も彼の名前を聞いていなかったことに、僕は気づいた。

 後ろに控えている彼の部下であるネガン騎士様の名前は聞いていたけれど、彼については『大佐』であること以外は何もわからない。

 いや、他にも……ひげが偽物だということは知っているけれども、それについては触れてはいけない雰囲気なので、ぐっと自重することに決めた。


「そうだったな。名乗るのを忘れていた」


 大佐殿は「少し私も性急過ぎたようだ」と苦笑して、右手を差し出しながら言った。


「私の名前はシーブノ・タバレ。タバレ大佐とでも呼んでくれたまえ」

「タバレ大佐殿、ですか」

「『殿』は要らないぞ」

「そうですか。はじめまして、タバレ大佐。僕はタスカ領の更に奥地にあるガラズ村出身のエイルと申します」


 僕はタバレ大佐の手を握り返しながら自己紹介をする。

 彼の掌は、その若々しい外見とは裏腹に、がっしりと硬く、一線で戦っている軍人であることを物語っていた。


 僕の自己紹介に、タバレ大佐の目が少し考え事をするように動く。


「ガラズ村か。……初めて聞く村の名前だな」

「村人が五十人も居ないような、小さな村ですから。ガラズ村という名前も、初代村長の名前が『ガラズ』だったから、と聞いただけです」

「なるほど。……私はあまり辺境というものを知らずに生きてきたのでな。不勉強な部分もあるのだ、すまない」


 自分の知らないことを、素直に知らないと言えるのは素晴らしいことだ――。ルーリさんに色々と教わっている時、彼女は常々そう口にしていたっけ。


(知らないことを、さも知っているかのように振る舞ったり、知らないことを認めず知ろうともしない人間は、徐々に腐っていく……)


 そんなことを言っていた彼女の頭には、いったい誰の姿があったのだろう。あまりに実感がこもりすぎていたその時のルーリさんに、僕はそれを尋ねることは出来なかった。

 でも、それはきっと僕が『知る必要のないこと』だったのかもしれない。


「僕も、村を出てエヴィアスで色々勉強するまで、何も知りませんでしたから。エヴィアスのギルドの人達には、どれだけ感謝してもし足りません」

「そうか。エヴィアスというと……例の……」


 タバレ大佐が僅かに僕の後ろに立つネガンさんに目線を送ると、「ダスカス軍が占拠した町です」と小声で答えが返ってくる。


「もう一つ、質問よろしいですか?」

「ん? ああ。名前以外にも聞きたいことがあったら、遠慮なく聞いてくれ」

「タバレ大佐の軍……第十三連隊の目的地は、タスカ領ですよね?」

「そうだ。だから私は、タスカ領のことを知っている旅人や商人を見つけては、話を聞きながらここまでやって来たのだ」


(ということは、僕以前にもタスカ領の話を何人もの人たちから聞いているってことか……)


 これは下手に誤魔化したり嘘を言わない方が賢明だろう。

 もちろん、元々聞かれたことは正直に話すつもりではいたけれど、なんせ僕は、あの騒動の中心で、色々……王国側から見れば、あまり知られたくないようなことも見聞きしてしまっている。


 辺境伯領主という貴族の裏切り行為。

 それに関わっているであろう王国内に潜む、ダスカス軍の息がかかった有力者の存在。

 そして、その有力者たちが関わっているに違いないアナザーギルド……。


(もし、目の前のタバレ大佐が、そのいずれかの関係者だったとしたら……)


 僕は最悪、ここで暗殺される可能性すらあるだろう。

 一応、もしものためにゴチャックのような隠密行動の出来るゴブリンたちを潜ませてはいるけれど、戦闘力には大きな不安が残る。

 かといって、ゴブハルトやゴブリーナをテイマーバッグから先に呼び出しておくのもリスクが高い。


(きっと、この場に居る二人なら、ゴブハルトの気配くらいは察するはずだ。そうなれば、変な警戒心を先に相手に与えてしまうかもしれない……)


 だから、この場に着くまでゴブハルトたちを呼び出さずにいたのだ。


「ということは、僕のことは……もうご存知ですよね?」


 僕のその問いかけに、タバレ大佐の返事は一瞬遅れた。そして、彼の目が一瞬険しくなって、僕の後ろに立つネガンさんへ向けられたのを、僕は見逃さなかった。

 後方から、ネガンさんが僕の真後ろへ、すっと移動する気配を感じる。


「ふむ。……ということは、やはり君が、ダスカス軍を撃退したというテイマーのエイル君で、間違いないのだな?」


 僕が彼らを警戒するように、彼らもまた、僕を警戒していたのかもしれない。

 多分、王国への知らせや、ここまで来る間に仕入れた情報で、僕の風体については知っていたのだろう。


「僕一人の力ではありませんけど、それで間違いありません」


 そして、僕がゴブリンたちやケルシードと共に、ダスカス軍を撃退したことも。


「ふむ。確かに、報告で聞いてはいたのだが……」


 タバレ大佐は顎に手を当てながら、僕の体を頭のてっぺんから爪先まで、ゆっくりと確認するように、何度も見返す。

 その動きに合わせて、付け髭がゆらゆらと揺れ、徐々に斜めになっていくのを見て、僕は内心ヒヤヒヤしてしまう。


「思ったより、子供に見えましたか?」

「ん……いや、まぁ……」


 言い難そうに口ごもるタバレ大佐に、僕は自嘲気味の笑みを返しながら、「そう言われるのにも、もう慣れましたから」と答えた。


 辺境の外れの、貧しい寒村。

 村から少し足を伸ばせば、すぐに強力な魔物がうろつき、猟をするのも命がけ。そんな場所では、採れる食料も多くはない。

 しかも僕は長男でもなく、家を継ぐ立場ではなかった。だから、与えられる食べ物も日々最低限だったのだ。

 僕の体が、町や王都の人々と比べて小さいのは、仕方の無いことなのだと、今はわかっている。


(それでも、町に出て来てからは、ひっそりと体を大きくするために努力はしてるんだけどな……)


 ルーリさんには内緒で、レリック商会のキリートさんに『背が伸びる食べ物が欲しい』と頼み込んで手に入れたチーズとか、なかなかに高価だったけれど、毎日食べ続けていたりするのだ。


「最初に報告を受けた時は、どんな凄い戦士がダスカス軍を退けたのかと思ったのは確かだ。だが、テイマーだと聞いてな」

「たしかに、自分が戦うわけじゃないテイマーだったら、それほど強そうに見えない人も多いですからね」

「うむ。だが、話を聞けば聞くほど、情報を集めれば集めるほど、信じられなくなってしまってな」


 タバレ大佐は頭を掻きながら、そう話を続けた。

 途中、付け髭が落ちかけたのを、慌てて付け直す彼に、僕は「そちらも気にしなくても、誰にも言いませんよ」と笑いかけてから立ち上がる。

 そして、テイマーバッグを彼に見えるように服の裾を上げ、腰を捻りながら言った。


「それじゃあ、僕の自慢のゴブリンたちを紹介しますね」

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