第5話 ゴブリンテイマー、本領を発揮する
「いったい誰だ!」
ゴブリーナが肩を射抜かれ、悲鳴を上げて倒れるのを確認した刹那、僕は、ゴブハルトにすかさず戦闘態勢を取るよう指示を出した。
『ゴブ……』
ゴブハルトは、腰に差していた二本のショートソードを抜き、休憩所から少し離れた藪の中を睨み付けた。
どうやら襲撃者はそこにいるらしい。
「まさか、同じ【人間】に襲われるなんてね。こんなことなら、ゴブリンたちには魔物だけじゃなく、人の気配も警戒してって頼めばよかった」
僕の命令に従い、律儀にもゴブリンたちは『魔物の気配』だけを警戒対象にしていたせいで、それ以外の危険が近づいてくることに対して何も知らせなかったのだろう。
「おーい、そこの藪の中にいる人。どこの誰だか知らないけど、この二匹は僕がテイムしてる魔物で害はないんだ。怒らないから出てきてよ」
僕は、ゴブハルトが睨み付ける藪に潜んでいるであろう人物に向かって呼びかけてみた。
もちろん、いつ矢を射かけられても避けられるように、神経は研ぎ澄ましたままだ。
「怒らない、だって? 笑わせやがる。自分が強者だとでも勘違いしてるんじゃないのかい、初心者さんよ」
僕の呼びかけに答えるように、藪の中からそんな呆れたような声が返ってきた。
やがて、ガサガサという草をかき分ける音と共に奴らは姿を現した。
そう、『奴ら』だ。
一人だと思っていた襲撃者は、僕の予想に反して四人も隠れていたらしい。
そして、その中の一人の顔に僕は見覚えがあった。
「貴方は、確か、あの時ギルドの酒場にいた——」
「けっ。俺のことを覚えてやがるのか。荒鷲の奴らの陰で見えてないと思ったんだがな」
彼の言う通り、あの時、ギルドで僕が冒険者登録をしている間、大騒ぎしていた『荒鷲の翼』の向こう側。
そこで、この男がカウンター席で一人、酒を飲んでいたのを僕は覚えていた。
「田舎育ちだから、目は良いんだ」
「まぁ、いい。どうせ、お前はここで死ぬんだから、知られてようがいまいがどっちだってかまわねぇ」
「えっ……」
ここで死ぬって、いったいどういうこと?
まさか、この人達は僕を殺すつもりなのだろうか。
「どうして、僕が殺されなきゃいけないのさ。それに、冒険者が他の冒険者を襲うのはギルド規則で禁止のはずじゃ……」
「どこまで世間知らずの田舎モンなんだよ。そんな建前信じてちゃ、冒険者なんて務まんねぇぜ」
男の見下したような言葉に、彼の仲間たちが下品な笑い声を上げた。
心底、僕を馬鹿にしたその笑い声に、僕は心がざわつくのを感じた。
「しかし、本当にお前は世間知らずだよ。ギルドで借りた金をそのまんま荷物に放り込んで街を出るんだからな」
「まったくだ。まるで、自分から『襲ってくれ』って言ってるみたいだったぜ」
その言葉を聞いて、僕は男たちの目的を察した。
こいつらは僕がギルドで借りたお金を奪うつもりなんだ。
「この前の新人と、二人続けてとかよ。最近の冒険者志願者は馬鹿ばかりなのかね」
僕はその言葉を聞いた途端に、ルーリさんが言っていたことを思い出した。
どうして今までそれを忘れていたのだろう。
「少し前に新人冒険者が簡単な依頼で死んだ事があったってルーリさんが言ってたけど、それって、まさか……」
「俺達だよ。あいつもお前と同じで浮かれてたのか、大金持ったままフラフラと街をでていきやがったからよ」
最悪だ。
こいつらは、人を殺してお金を奪う事に何の後ろめたさもないらしい。
「おっと、喋り過ぎちまったな。でもまぁ、お前はここで死ぬわけだし、別にかまわねぇか」
嘲笑を含んだ言葉に、また、周りの男たちが笑い出した。
「もし、僕がこのまま街に帰らなかったら、僕の後を付けてきたギルドに疑われるんじゃないですか?」
「心配してくれるのかい? 大丈夫だ。お前は街を出てから道を間違えて、危険な魔物が住む反対側の山へ向かったってことになっているからな」
「そんな嘘が通じるとでも? それに僕がこの山の方へちゃんと向かった事は、門に居た衛兵さんたちも見てたはずだよ」
「ああ、それなら、何の問題もねぇ。ギルドに聞かれても門兵は俺がさっき言った通りの証言をする手はずになってるんでな。だからよ……安心して死んでくれ」
男はそう言うと、脇に抱えていた弓を構え矢をつがえた。
どうやら、あの優しそうに見えた衛兵も彼らとグルだったみたいだ。
「それじゃあ……」
男が弓を引き、下卑た笑みを浮かべる。
だが、その矢が狙う先は僕ではなく――
「とりあえず、まずは、そのうす汚ぇ魔物からだ」
ヒュンッ!
鋭い風切り音を立て、矢は一直線にゴブハルトに向かって飛んだ。
子供にすら勝てない最弱種であるゴブリン。
それが、いくらショートソードを二本構えているとは言っても、冒険者の放つ矢をこの至近距離で避けられるわけがない。
誰もがそう思っただろう。
「死ねぇ! ゴミ魔物がぁ!」
男の顔に残虐な笑みが浮かんだ。
だが、その笑みは、次の瞬間に驚きの表情に塗り替えられる。
カインッ!
なぜなら彼が放った矢は、ゴブハルトが振るったショートソードによって、あっさりと弾き飛ばされたからであった。
最弱の種族であるゴブリンに、まさか自分の矢を弾かれるとは思っていなかったのだろう。
男も、周りにいるパーティメンバーであろう者たちも、あっけに取られた顔をしていた。
「どうしたの、おじさんたち。そんな間の抜けた顔しちゃってさ」
僕はあえて彼らを馬鹿にするような声音で、そう声を掛けた。
「そ、そんな……。たかがゴブリン如きが俺の矢を弾いた……だと……」
「ありえねぇ……」
「まさか……。偶然だろ……」
「適当に剣を振ったら、まぐれで当たっただけに違いねぇ……」
男たちは最初こそ驚いていたが、すぐに、それは偶然のことだと結論づけたようだ。
だが、そう口にしながらも、その目は、先ほどまでと変わって警戒の色を宿していた。
『ゴブゥ』
油断なく身構えるゴブハルトの周りを、ゆっくりと冒険者たちが慎重に包囲していく。
所詮、新人狩りをしている程度の冒険者パーティだと侮っていた。
どうせ、その実力なんて大したことはないだろう、と。
しかし、今の本気になった彼らの動きは、僕が思っていた以上に洗練されていた。
さすがに彼らを同時に相手にして、ゴブハルト一匹では簡単に勝てるとは思えない。
そして、ゴブハルトより弱い僕が参戦しても、逆にゴブハルトの足手まといになりかねない。
それに——
「僕の本業は【テイマー】だからね。正面で殴り合うのは僕の役目じゃない」
誰にも聞こえないような声で僕は呟くと、意識を集中させて体内の魔力を練り上げていった。
その間にも、ゴブハルトへの包囲網が着々と完成していく様子が目に入るが、今は、ゴブハルトを信じるしかない。
「よし、魔力は十分足りそうだ」
そうやって練り上げた魔力を、僕は腰のテイマーバッグに流し込んだ。
そして、告げた。
「お前たち! 出番だぞ!!」
ぽん!
ぽぽぽん!
ぽぽぽぽぽん!
僕の声に応じて、次々とテイマーバッグから丸い影が飛び出していった。
土煙が舞い上がり、空間が歪むような感覚がする。
「なっ、なんだ……!?」
「どうなってやがる……! テイマーがあんなにたくさん魔物を使役できるわけがねぇ……!」
「馬鹿な……ありえねぇ……!」
僕のテイマーバッグから、次々と飛び出すソレを見て、男たちが驚愕の声を上げる。
彼らが、信じられないものを見るような目で見つめているのは、僕が次々と放ち続ける――何体ものゴブリンたちの姿だった。