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第4話 ゴブリンテイマー、油断する

テイマーバッグから飛び出した二つの光の玉は、地面に落ちると、ゴブリンの姿に変わった。

彼らは、周囲を警戒するようにキョロキョロと辺りを見回してから、僕を見つけると、小さな鳴き声を上げた。


『ゴブゥ』

『ゴブブ』


二匹のゴブリンはそう挨拶すると、僕の左右に寄り添うように立った。

彼らの名前は、ゴブハルトとゴブリーナ。

僕が【ゴブリンテイマー】というスキルを手に入れて、最初にテイムした相棒たちだった。


「懐かしいな……」


僕は小さく微笑んだ。


「最初の頃は、二匹を使役しているだけで、毎日のように魔力が枯渇しそうになってたっけ……」


【テイマー】には基本的なルールがある。

自分の持つ魔力量で養える数までしか、魔物をテイムできないのだ。

テイムした魔物は、主の魔力を糧として生きるようになるからだ。

しかも、大きく強い魔物ほど、主の魔力消費量は多くなる。


「だから、最強種と呼ばれるドラゴンを従えている【テイマー】は、膨大な魔力量を持っていても、一体使役するだけで精一杯になってしまうんだよな」


強大な一体を使役するか、複数の便利な中型の魔物を使役するか、それは【テイマー】の目的次第だ。


「でも、ドラゴンテイマーとか、憧れだよなぁ……」


僕は少し上を見上げながら呟いた。

もっとも、僕の場合は、いくら保有魔力量が多くなっても、結局、ゴブリンしか使役できないのだが。


「今から薬草の採取に行くから、強い魔物が寄ってきそうなら教えてね」


『ゴブ!』


二匹は、元気よく応えた。

ゴブリンは弱い。

全ての魔物の中でも、最弱と言って良いくらい弱い。

しかし、そんなゴブリンだからこそ、強者に襲われないようにする能力に長けている。

危険を感知する能力は、彼らの生存戦略の中で、最も重要なものだ。


ゴブリンのもう一つの特徴は、その驚異的な繁殖力だ。

その弱さを補うためなのか、彼らの繁殖力はかなり高い。

雄と雌を同じ場所に閉じ込めておけば、一月もしないうちに、数十匹くらいまで増えてしまう。


「だから、ゴブハルトたちには、主命令で繁殖を今は禁止しているんだ」


一気に増えられると、僕が使役できる数を、あっさりと超えてしまいかねない。

そんなゴブリンという種族は、たくさん死んでも数で補うことで、今まで種を存続させてきたのだろう。


「……あった。あそこが、群生地に向かう林道だな」


僕は、二匹のゴブリンを従えながら、畑仕事をしている人々の間を抜けていった。

彼らは、奇異の目で僕を見ていたが、僕には、それを気にする余裕はなかった。

街道の脇に立つ、古びた木製の看板。その前までたどり着くと、僕は、うっそうと茂った森の中に続く、細い林道を目にした。


地図と看板を見比べながら、僕は確認する。

街道の先を見ても、他に看板は見えず、地図に書かれている看板は、ここで間違いないようだった。


「それじゃあ、ここから先は、二匹とも魔物の警戒、よろしく」


僕は、二匹にそう告げると、林道に足を踏み入れた。

しかし、後になって思う。

この時、僕はゴブハルトたちに、こう言うべきだったのだ。


『魔物だけじゃなく、危険になりそうなものを感知したら教えてね』と。


しかし、それに気づいたときには、既に遅かった。

林道を進んでいくうちに、木々の間から漏れる光が、少しずつ弱まっていき、森の中は、だんだんと暗さを増していった。

それでも、僕の目的地は、もう近いはずだった。


「地図によれば、この林道を進むと、山の中腹に出るんだっけ?」


僕は地図を確認しながら呟いた。

ルーリさんの話によれば、その辺りに広い場所があり、そこが、様々な薬草の群生地になっている、とのことだった。


林道は曲がりくねっていて見通しは良くなかったが、かなりの頻度で人が通っているらしく、道はしっかりと踏み固められていた。

意外と歩きやすい。


やがて、林道の傾斜が徐々に上がっていき、山道へと変わっていくにつれ、それまで軽快だった僕の足取りも、次第に重くなっていった。


一応、体は鍛えているものの、僕は、生来運動が苦手だった。

村では一番体が小さく、体力もない子供だった僕を心配してか、ゴブハルトが話しかけてきた。


『ゴブ?』


「大丈夫か……だって? ルーリさんの期待に応えるためにも、こんな所でへばってなんか居られないよ」


『ゴブブ』


「何? 先の方から、水の臭いがするって?」


僕は足を止め、肩掛け鞄から地図を取り出して現在地を確認した。


「確かに、地図にも『泉の休憩所』って書いてある場所が、道の先にあるみたいだな」


休憩所、という文字を見た途端、僕の腹が、急に鳴り出した。

朝からギルドでの手続きのために緊張しっぱなしで、すっかり食事を取ることを忘れていたのだ。


「お前たちにも、まだ餌をやってなかったな。じゃあ、その休憩所で、一旦食事にしようか」


『ゴブー!』

『ゴブブ!』


僕の言葉を聞いて、ゴブリンたちは喜んで飛び跳ねた。

本来なら、魔物との意思疎通など不可能だが、【テイマー】スキルを持つ者は、自らテイムした魔物とだけは、ある程度の意思疎通が可能になるのだ。


「さて、それじゃあ、もうひと踏ん張りしますか」


『ゴブ!』


元気よく返事をして歩き出したゴブハルトの後を付いていくと、すぐに休憩所が見えてきた。

綺麗な水をたたえた泉の横には、簡単な椅子と屋根が備え付けられているだけの、素朴な施設があった。


かなり古い造りのようだが、その古さの割に手入れはきちんとされていて、使うには何の問題もない。


「さぁて、ご飯だ」


僕は肩掛け鞄を下ろすと、テーブルの上に中身を取り出し始めた。

といっても、乾パンとチーズ、そして少量の干し肉だけの、質素な食料だった。


「ゴブリーナ。水筒に、あそこの湧き水を汲んできてくれないか。それと、ゴブハルトは魔物が近寄ってこないか警戒しておいてくれ」


泉の横には、泉に注ぎ込む湧き水が流れ出る、岩の裂け目があった。

僕はゴブリーナに、そこで水を汲んでくるよう指示すると、ゴブリンたちの餌も鞄から取り出して、準備を始めた。


ゴブリンたちの餌は、市場で肉食獣の餌用に売られている物を購入していた。

本来、テイムした魔物には食事は必要ないのだが、僕は、あえて彼らと共に食事をすることにしていた。


「確か、人間が食べない動物の肉とか骨の部分を、細かく砕いて丸めて乾燥した物、だっけ……」


油断していると机の上から転げ落ちそうな、その球体の餌を四個ほど取り出し、ゴブリン用の皿に二個ずつ入れると、ちょうどゴブリーナが水を汲んで戻ってきた。


僕は、ゴブリーナから水筒を受け取り、ゴブリンたちを呼び寄せて椅子に座らせると、二匹の前に餌の入った皿とコップを置いた。

そして、二匹のコップと自分のコップに水を注いでから水筒を置き、両手のひらを重ね合わせた。


「今日も、我らの血となり肉となる糧が得られることを感謝いたします」


村で両親から教えられた祈りの言葉。

それは、この世界の神に捧げる感謝の言葉らしいのだが、僕は、神様のことはよく知らない。

だが、この儀式を済まさないと、気持ちよく食事をする気分になれないため、村を出てからも、ずっとこれだけは続けていた。


『ゴブ』

『ゴブブ』


ゴブリンたちも、一緒に食事をしているうちに、いつの間にか、僕の真似をするようになっていた。

彼らにも、彼らの神がいるのだろうか、それとも、ただ単に、主である僕の真似をしているだけなのだろうか。


「それじゃあ、いただきます」


『ゴブッ』

『ゴブブッ』


僕は、美味しそうに餌を頬張るゴブリンたちを眺めながら、干し肉とパンをかじった。

質素な食事だが、まだ駆け出し冒険者でしかない以上、お金を無駄にするわけにはいかない。

いくらギルドから渡された支度金があるとはいえ、結局は返済しなければならない借金で、自分のお金ではないのだ。


「それでも、ギルドって太っ腹だよね。僕みたいな駆け出し冒険者に、一月は暮らせるだけのお金を、簡単に貸してくれるんだもんな」


支度金の必要がないような、何不自由ない暮らしをしている人や裕福な人は、命がけの職業である冒険者になりたがらない。

英雄に憧れて、とか、名声を得たい、とかの理由でなる人もいるにはいるが、そういった人は、結局すぐに現実にぶつかって辞めてしまうらしい。


「さてと。そろそろ行こうか」


『ゴブッ』

『ゴッ――』


ヒュンッ!


突然の風切り音と共に、椅子から立ち上がりかけていたゴブリーナの姿が、一瞬にして視界から消え去った。

そして次の瞬間、少し離れた所から、何かが地面に落ちたような、鈍い音が、僕の耳に届いた。


「まさか襲撃!? ゴブハルト、警戒してッ!」


『ゴブッ!』


油断なく第二射を用心しながら目を向けた、鈍い音が聞こえたその先。

そこには、体を矢で貫かれたゴブリーナが、緑色の血を流して倒れ伏していたのだった。


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