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第38話 ゴブリンテイマー、解呪する

「ターゼンか。例の件以来だな」


 謁見室の一段上にある立派な椅子に座った若い男が、肘置きに肩肘をつきながらそう言った。

 彼がこのタスカ領領主であるガエル・タスカーエンに間違いないだろう。


「お久しぶりですガエル様」

「ああ。お前が私の頼みを断った時以来だ。あの時は心底失望したものだが」


 言葉とは裏腹に、どこか相手を嘲笑するかのような態度でガエル・タスカーエンはそう告げると、ターゼンさんの横にいる僕に目線を移動させる。


「それで、そこに居るのがワイバーンを倒したと嘯いているゴブリンテイマーとかいう酷いスキル持ちの小僧か」

「はい。どこまで領主様がご存じかは知りませんが、僕がゴブリンテイマーのエイルです」


 僕は軽く頭を下げて挨拶をする。

 たしかに僕はワイバーンを倒してはいない。

 ガエル・タスカーエンがどこまで本当のことを知っているのかはわからないが、多分嫌みを口にしただけだろう。

 なぜなら彼に情報を与えたはずの領都ギルドマスターのタコールは、僕がワイバーンを倒したと思い込んでいた。

 だからこそ手下であるアナザーギルドのメンバーにも同じ情報しか廻っていなかったのだから。


「所でガエル様」

「なんだ?」


 ターゼンさんはガエル・タスカーエンの隣りに立つ男を、目線で指し示しながら口を開いた。


「どうしてその男が……タコールがこの場に居るのです?」


 ガエル・タスカーエンが尊大な態度で座っている椅子の横。

 そこに、件の領都ギルドマスターであり、アナザーギルド支部長のタコールが、まるで側近のように並び立っていた。

 先ほどここまで案内してくれていた執事、もしくは領軍の将軍ならまだしも、タコールがいるのは不自然だ。


 いや、僕がここに来た目的からすれば不自然でも何でも無いのだが。

 もう彼らは隠すことを辞めたということだろう。


「私は領主様に相談があると呼び出されて参っただけですぞ」

「相談だと?」


 しかし彼らはまだこの小芝居を続けるつもりらしい。

 僕は謁見の間に入ると同時に領軍か、アナザーギルドのメンバーでも潜んでいて僕たちに襲いかかってくるくらいはあると思っていた。

 だけど、今この謁見の間には四人しか居ない。

 いや、隠密行動が得意なゴブリンたちがいるから、正確にはもっと多いのだが。


「ええ。むしろ何の連絡も成しに突然尋ねてきた貴方たちの方が招かれざる客なのでは?」

「貴様……とぼけるな!! 全てもうわかっているのだぞ」


 ターゼンさんはタコールを、殺意を込めた目で睨み付ける。

 彼にしてみれば大事に育ててきた商会、そしてそこで働く人々に対して行われた数々の所業を行った黒幕を前にして、落ち着いては居られないのだろう。


「ほほう。貴方が何を知っていると?」

「貴様がアナザーギルドとかいう糞のような組織の幹部だということだ!」

「アナザーギルド? そんなものは知りませんね」


 あからさまに馬鹿にした口調でそう返事をするタコールの言葉に、僕の横からギシリという奥歯をかみしめる音が聞こえた。


「証拠でもあるんですか?」

「ヤンマンという冒険者から話は全て聞かせて貰ったぞ」

「ヤンマン? ああ、あのCランク冒険者ですか。で、そのヤンマンはどこに居るんです?」


 わざとらしく手を額の上に置いて、僕らの周りを眺めるように見渡す仕草をするタコール。


「どこにも見当たらないようですが? まさか証拠も持ってきてない上に、その証人も連れてこずに私を糾弾するおつもりですか?」


 肩をすくめる仕草で、大げさな身振りでそう笑ったタコールに、思わず殴りかかろうと一歩踏み出したターゼンさんの体を僕は後ろから必死に引き留める。


「ターゼンさん! そんなにあの人が証人を出せというなら、出してあげましょうよ」

「……くっ。そうだな……少し頭に血が上って段取りを忘れていた」


 肩で息をしながら、タコールを睨むのを辞めないターゼンさんの姿は、とてもじゃないが少し頭に血が上ったという程度には見えなかった。

 このままではすぐにでもタコールに襲いかかるかもしれない。

 もう少し相手の言葉を引き出すつもりだったけど、しかたがない。

 僕は一つ目の手札を早めに使うことに決め、口を開く。


「わかりました。それじゃあ証人を呼びますね」

「?」


 僕の言葉に不思議そうな顔をするタコールは、証人なんて呼べるわけが無いと思っているのだろう。

 だけど僕と、僕のゴブリンたちの力を甘く見ていたことを、すぐに後悔するだろう。


「もう姿を現しても良いですよ」


 僕がそう言うやいなや、僕たちの少し後ろの空間が歪む。

 そして、次の瞬間そこには二人の男と、一人のゴブリンの姿が現れた。


 僕の後ろに姿を表した二人とゴブリン。

 それはゴチャックと、彼の光錯こうさくスキルによって姿を隠していたヤンマンとギムイだった。


「なっ……ヤンマン!? それにギムイだと!!」


 二人は僕の横まで進み出ると、驚きの表情を浮かべるタコールにむけて口を開いた。


「ようタコール」

「お久しぶりです。といってもあなたの命令を受けてからまだ数日ですがね」


 二人の声を聞いて、目の前にいるのが幻でもなんでもないと理解したのか、タコールは震えた声を出す。


「どうしてお前たちが……」

「俺たちがここに居るのがそんなにおかしいのかい?」

「おや? 幽霊ゴーストでも見たような顔をしてますね。でも残念ながら私たちはこの通り生きてますよ」


 二人が少し戯けたような、馬鹿にしたような声で返す。

 僕はそんな二人に続くように口を開く。


「先ほどのアナザーギルドの話は、彼らからじっくりと聞かせてもらったことです」


 貴方のお望み通り、証人は連れてきました。

 そう言外に意味を込めて僕は告げる。


「……ありえん……そいつらがどうして……」

「どうしてアナザーギルドのことを喋ったのに生きているのか? と言うことですか」

「……」


 流石にここで「その通りだ」とは言わない所をみると、まだ奴は自分が完全に負けたと思っていないのだろう。

 タコールの自供を待つのは時間の無駄にしかならない。

 なので僕はあっさりとネタばらしをすることにした。


「簡単なことですよ。貴方たちアナザーギルドが彼らに掛けていた禁術である呪術を、僕が解呪した。それだけのことです」

「解呪だと! お前はただのテイマー。しかも最弱種であるゴブリンしかテイム出来ない出来損ないではないか」


 信じられないと口から唾を飛ばして叫ぶタコールに向け、ターゼンさんが笑いを含んだ声をかぶせた。


「まだそんなことを言ってるのか? つい今し方この坊主のゴブリンが普通じゃない所をお前も見たはずだろう?」

「まさか、今までその二人が隠れていたのはそのゴブリンの力だとでもいうのか」


 僕は「詳しくは教えることは出来ませんけど、そうですよ」とだけ答える。

 敵に自分の手の内の全てを伝える必要は無い。


「まさかゴブリン如きがスキルを扱えるわけが……まさか、呪術を解いたのも」

「ええ。僕のゴブリンの中に『ゴブリンシャーマン』ってクラスのゴブリンが居たんですよ。ヤンマンさんが呪いで苦しんでる時にテイマーバッグの中から彼女……ゴファルという名前なんですけどね。彼女が自分なら解呪出来ると僕に教えてくれたんですよ」


 あの時僕は、ゴファルからの声を受けて、急いで彼女を召喚した。


 *********


 名前 :ゴファル 雌

 種族 :ゴブリン

 クラス:ゴブリンシャーマン

 体力 :15/15

 魔力 :43/43


 *********


 ゴファルは現れると、一目散にヤンマンへ駆け寄った。

 そしてその体に僕には意味がわからない文字らしきものを、その爪で書き始めた。

 ゴファルの爪がどういった仕組みで文字を書くことが出来るのかは不思議だったが、彼女が書いた文字が次々とヤンマンの体に吸い込まれるように消えていく度に、ヤンマンの苦痛の表情が徐々に緩んでいったのである。

 村を出てからの訓練で、ゴブリンたちは様々なスキルを習得した。

 その中には、ゴファルのように、特殊な能力を持つ個体もいる。

 ゴブリンシャーマンは、解呪だけでなく、様々な補助魔法や回復魔法も使える、頼もしい仲間だ。


「ゴブリンシャーマンのスキルで解呪が出来ることがわかった僕は、そのままゴファルを連れて、ろうの中のギムイとその仲間たちの呪術も全て解いて廻ったんです」

「俺もまさかたかがゴブリンに命を救われるとは思わなかったぜ……。まぁその前にそのたかがゴブリン相手に俺は負けたわけだがな。なぁ」

「ええ、そうですね。ただ単に強いだけじゃなく、ゴブリンが進化すればこんなにいろいろな力が使える種族だとは誰も思わないでしょう」


 ギムイが豪快に笑いながらヤンマンの肩をバンバンたたくと、ヤンマンは少し痛みに顔をしかめながらそう同意の言葉を返したのだった。



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