第36話 ゴブリンテイマー、報告する
「ただいまです」
「おう。おかえり」
「おかえりなさいエイルくん。その様子からすると上手くいったようね」
レリック商会の裏口から中に入ると、僕が帰ってくることをゴブリーナたちから聞いていたらしいルーリさんとターゼンさんが出迎えてくれた。
ゴブリーナの言葉はルーリさんたちにはわからないが、旅立つ前に僕はメッセージボードというものを作って渡しておいた。
簡単な記号がならぶだけの板だけど、そこに書かれている文字や記号をゴブリーナとルーリさんが指し示すことで簡単な意思疎通くらいは出来るというものだ。
村にいた頃、言葉が不自由な人とのコミュニケーションに使われているのを見て、見よう見まねで作ってみたのだ。
「ええ。予想外なこともありましたけど、なんとか僕もキリートさんも無事に帰ってこれましたよ」
「そのキリートの姿が見えないようだが?」
ターゼンさんは、息子の姿が見当たらないことを訝しむように、皺に埋もれた顔を更に深くする。
「キリートさんは次の準備のためにもう動いて貰ってます」
「次? 盗賊団は壊滅させたんじゃないのか?」
「はい。それについてはゴチャックの話から推測したとおり、護衛の振りをしていた冒険者とともに捕まえて、彼らのアジトにあった牢屋に放り込んでありますよ」
「奴らのアジトだと? 大丈夫なのか?」
「ええ。何人か盗賊をバラバラに尋問して、彼らの仲間はあそこに居ただけで他に居ないことを確認しましたし」
なにより、ゴブリンたち十数人に見張りを頼んである。
よほどの高ランク冒険者か軍隊でも来ない限り、盗賊団とギムイたちを逃がすことは不可能のはずだ。
ゴブリンたちは、エイルの指示があれば、多少の命令違反は許容範囲内だ。
普段はテイマーバッグの中で繁殖しないように命令しているが、状況によっては、繁殖して数を増やしても構わない。
エイルのスキルは、数が増えても、魔力消費量が増えることはないのだから。
「だけど、あまり時間を置くと、彼らが……特にトスラ・ダイトが帰ってこないことを疑われるかもしれません」
「トスラ? あのクソ坊主が盗賊団と結託していたってのか!!」
深い皺に埋まっていた目を見開き、そう叫んだターゼンさんに「その事も含めてお話ししますから」と告げ、盗賊団のアジトで見聞きしたことと、これからのことを二人に話すため、応接室に向かった。
「ふむ。つまりトスラの坊主が黒幕というわけじゃ無いということか」
「多分あの人は野心を利用されただけだと思います。尋問している間もずっと自分の父親と、その廻りを固める側近の悪口ばかりわめいてましたから……」
トスラ・ダイトはキリートさんから聞いた以上に小物だった。
彼は偉大な父と、生まれてからずっと比べられ続けて来たことを恨んでいたらしい。
キリートさんから聞いた話では、トスラ自身の商才もそれほど低いわけでも無く、父親に追いつき追い越すために必死に勉強をしていたという。
だけど、知識が増え、成長し、現実が見えてきた頃……彼は壊れてしまった。
「父親が偉大すぎる苦労は僕もわかるからね……ただ、僕の場合は父も、その周りの人たちも僕を支えてくれたから道を間違うことは無かったけれど」
トスラはそうでは無かった。
いや、彼の父親であるケリー・ダイトはずっと彼のことを心配して支えようとしていた。
「だがな。あいつはあまりに商売しか知らなすぎた。そして不器用すぎたんだろうな」
ターゼンさんは、深く息を吐きながらそう呟く。
彼とケリー・ダイトは、何年もの間このタスカ領でしのぎを削り合ってきた。
だが、決して仲が悪かった訳では無い。
「あの馬鹿息子も、いつかキリートの立派なライバルとして育ってくれると願っていたのだが」
そしてターゼンさんは吐き捨てるように悲しそうな声を上げながら頭を振った。
「ケリーの気持ちを裏切るようなことに手を染めるとは……あの馬鹿者がっ」
しばし重い空気が流れ、それを払拭しようとルーリさんが「お茶でも入れますね」とソファーから立ち上がった。
僕はそれを見送りながら、うつむいて黙り込んだままのターゼンさんを見つめながら頭の中で次の作戦について考えをもう一度まとめる。
「ターゼンさん。キリートさんがお帰りになりましたよ」
しばらくしてお茶のセットを手に持ちながら帰ってきたルーリさん。
その後ろから、そのキリートさんが「ただいま」と顔を出した。
「おお、キリート。なんだその格好は?」
キリートさんは、旅に出る前の商人然とした姿では無く、少し薄汚れた冒険者風の装備を身に纏っていたのである。
「これかい? もちろん変装だよ。こんなことをしたのは初めてだからちょっと楽しかったな」
僕たちは今、本来なら盗賊のアジトに捕まっているはずである。
なので、キリートさんには盗賊のアジトで手に入れた冒険者の服で変装してもらいながら、中継所まで戻って町に向かう馬車を拾って帰ってきたのである。
その間僕はゴチャックの光錯で姿を隠し、ひっそりと馬車に同乗していた。
最悪屋根の上にでも隠れようかと思っていたけれど、思ったより空いていて助かった。
「あとはレリック紹介の裏まで来てから、次の作戦の為にゴチャックの光錯をもう一度使ってキリートさんたちにはある所へ行って貰ってたんだ」
テイマーバッグを取り戻したおかげで、直接ゴチャックに触らなくても強化魔法を彼にかけることが可能になった。
それに交渉ごとに関しては僕より彼の方が本職だ。
なので、今回の作戦に必要な交渉はキリートさんに任せることにしたわけである。
最初は僕もついて行くと言ったのだけど、キリートさんに「これは僕の仕事だから任せてくれ」と強い意思を込めた目で見つめられた以上、そうするしか無かったのだ。
「それで交渉は上手くいきましたか?」
「もちろん」
キリートさんはそう返事をすると、僕の横に腰を下ろす。
そこはさっきまでルーリさんが座っていた場所なのに……。
一瞬頭に浮かんだその感情を振り払う。
「それじゃあ聞かせてくれるかしら?」
四人分のお茶を机の上に並び終えたルーリさんが僕の対面、ターゼンさんの横に腰を下ろしながら言った。
これはこれでルーリさんの顔がよく見えるから良いなと思いつつ、僕は熱いお茶を息を吹きかけて冷まして喉を潤すとゆっくり口を開く。
「さっき話したとおり、ヤンマンさんやケリーたちの話から僕とキリートさんがたどり着いた結論を最初に言いますね」
「頼む」
「といっても、もうターゼンさんもルーリさんもわかっていると思いますが――」
僕は一呼吸置くと、結論を告げた。
「今回の一連の騒動。その本当の黒幕は……このタスカ領の領主であるガエル・タスカーエン、その人です」