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第33話 ゴブリンテイマー、ゴブハルトを信じる

「ふぅ。これで一段落ですね」


 僕は暴れるトスラ・ダイトを縛り終えると、額の汗を拭った。


 あまりに騒ぐので、猿ぐつわを噛ませ、ゴブリン数匹に押さえ込んで貰いながらの作業だったが、縛られた後もジタバタと未だに暴れている。


「いい加減諦めろトスラ。往生際が悪いぞ」


 そんなトスラを見下ろしながらキリートさんが怒りを含んだ声音でそう吐き捨てる。

 彼のそんな姿は初めて見る。

 だが、キリート――レリック商会がトスラによって与えられた今までのことを思えば、今すぐ殴りかからないだけでも理性的といえよう。


「さて、そろそろあっちも決着が付くかな?」


 僕は縛り上げた盗賊たちと、怪我人をゴブリンたちに囲まれながら必死に治療している【疾風の災禍】の回復術士を余所に、二人だけで今も戦い続けているゴブハルトとギムイの姿を見て目を細めた。


 建物を飛び出した僕は、テイマーバッグに一気に魔力を流し込み、バッグの中で戦える力のあるゴブリンたちを全て召喚した。

 バッグの中でそれを待ちわびていたであろうゴブリンたちの勢いはすさまじく、あっという間に広場中に広がって行くと、盗賊たちや意識を取り戻し戦闘に加わろうとしていた【疾風の災禍】のメンバーを一気にその波に飲み込んでいった。

 僕はその隙に、負傷していた数体のゴブリンをバッグへ収納すると、何が起こったのかと建物の陰から顔を出したキリートさんを呼び寄せた。


 そこからは彼と二人で戦意を失った盗賊たち全員を捕縛してから【疾風の災禍】の回復術士をゴブリンたちに見張らせ、彼の力で怪我人たちを回復させていった。

 だが、その流れの中で広場の真ん中だけぽっかりとゴブリンたちが近寄らなかった場所がある。

 それはゴブハルトと【疾風の災禍】リーダーのギムイが一騎打ちを続けていた場所で。


「どうしてゴブリンたちはギムイに襲いかからないんだい?」

「ゴブハルトがギムイは自分が倒すから、手出し無用だって言ってるみたいですね」

「ゴブリンがそんなことを?」

「まぁ、ゴブハルトは武人ですから、強敵を前にすると燃えちゃうんですよ」


 僕はテイマーバッグを装備したおかげで、流れ込んできたゴブハルトの気持ちを代弁する。

 ゴブハルトは僕からの補助なしで自分がどこまで戦えるのかを試したいらしい。


「どうやら【疾風の災禍】全員はどうかわかりませんけど、ギムイは本物の高ランク冒険者だったようですね」


 補助魔法をかけてやれば勝負は一瞬で付くだろう。

 だが、そんなことをすればゴブハルトの矜持を傷つけることになる。

 テイマーと使役魔物の関係上、彼がそうしたとして命令を聞かなくなるということは無いだろうが、僕にはその選択肢は無い。


「偽物のランカーじゃないってことか。だとしたらどうしてこんなことに手を貸したんだ」

「それは後で聞き出せばいいんじゃないですかね。ギムイは話さないかもしれないけど、ヤンマンさんは話してくれるみたいですし」


 僕の口からヤンマンの名前が出たことに不思議そうな顔をして、キリートさんはその姿を探して広場を見回す。


「ヤンマン? 彼、広場には見当たらないみたいだけど」

「そこのキリートさんたちが隠れて居た建物の中で今は休んでますよ……ちょっと問題があって怪我してるので」

「怪我は大丈夫なのかい? なんならあの回復術士を連れて行った方が」

「今はもう大丈夫です。僕が持ってた回復ポーションで傷はほとんど塞がってますから」


 そう答えて、簡単に先ほどあの建物の中で起こった出来事をキリートさんに説明する。

 その間も広場の中央からは激しい剣戟の音が聞こえてくるが、僕は何も心配はしていない。


「そうか。そんなことが……でも、その男って一体何者なんだい?」

「キリートさんも奴の名前は思い出せないですかね」

「ああ……今改めて聞かれてやっと存在を思い出したくらいだよ」


 あの男の認識阻害スキルと思われるものは、相当高レベルだったに違いない。

 僕だけでなくキリートさん、そしてゴチャックですら奴のことについては意識の外に追いやられていたらしい。

 村を出てからの訓練で、ゴブリンたちは様々なスキルを習得した。

 その中には、隠密行動に特化したゴブリンシーカーのゴチャックのように、特殊なスキルを持つ個体もいる。

 ゴブリンたちのスキルはエイルの補助魔法で強化することもできるし、魔石を食べることで新たなスキルを習得したり進化したりすることもある。

 ゴブリンシーカーの目すら欺くその力……いったい何者なんだ。


「そういえば奴は窓から逃げていったんですけど、キリートさんは気がつきましたか?」

「僕らが隠れてた所とは反対方向の窓だったんだろ? 全然気がつかなかったよ」


 ゴチャックもキリートさんの横で頷いている。

 どうやら奴は窓から外に出た後、キリートさんたちが隠れて居た場所とは逆に向けて逃げていったようだ。


「それよりもエイルくん。そろそろ決着が付くんじゃ無い?」


 キリートさんが僕の背後を指さして告げる。

 僕は振り返った。


 ゴブハルトとギムイ。

 その二人から少し離れた場所をぐるりと囲むように待機する百を遙かに超えるゴブリンたち。

 僕も既に彼らがどれだけの数いるのかを把握してないが、多分三百体以上はいるはずだ。


「ちくしょうめ……お前、本当にゴブリンなのか?」


 体中に傷を負ったギムイが激しく息を乱しながら吐き捨てる。

 その目には目の前のゴブハルトの姿しか見えていないのか、廻りを取り囲むゴブリンたちには一切目を向けない。


『ゴブゥ……』


 対するゴブハルトも体のあちこちに傷を負っている。

 愛用の双剣の片方が、途中から折れて無くなっている所を見ると、かなりの激戦だったのだろう。


 油断なくにらみ合う二人。

 今はまだ双方とも致命傷と呼べるような傷は負っていない。

 だが、一瞬でも油断すれば、その瞬間に勝負は決まる。


「互角ですか」

「そう見えます?」

「自分にはそうとしか見えないけど、違うのかい?」


 キリートさんのいぶかしげな声に僕は「今は互角ですけど」と答え。


「もうすぐ決着は付きますよ」

「えっ」


 一瞬僕と目が合ったゴブハルトが、その口元にゴブリンらしくない表情を浮かべる。

 同時、ゴブハルトが動く。


「剣を捨てた!?」


 キリートさんの言葉通り、ゴブハルトが双剣の片方を唐突に投げ捨てたのである。

 しかも――


「どうして折れてない方の剣をすてたんだ!? あれじゃあギムイと打ち合うことも出来ないじゃ無いか」


 そう。

 ゴブハルトは折れた剣ではなく、折れてない方の剣を投げ捨てたのである。

 これには相対するギムイも驚愕の表情を浮かべて唸った。


「貴様っ! 俺との勝負を捨てる気か! それとも、俺を馬鹿にしているのかっっ!!」


 激高するギムイをじっと睨み付けながら、ゴブハルトは両手で折れた剣を握りしめ正眼に構える。

 その姿を見て何かを感じ取ったのか、ギムイは口を閉じると左手に持った壊れかけの小盾を体の正面に出すと、右手に握った剣をその陰に隠すように動かす。

 彼もやはり高ランク冒険者だ。

 ゴブハルトから次が最後で、そして最強の攻撃が来ることを察したのだろうか。

 自らもゴブハルトを仕留めるために、最後の力を次の攻撃に込めるという思いが伝わってきた。


『ゴッ』

「俺は負けねぇ!! 負けるわけにはいかねぇんだ!!!」


 動いたのは同時。

 ゴブハルトは折れた剣をそのままに突進する。

 ギムイはその剣を盾で払いのけ、自らの剣を突き刺そうと左半身を前に、右手の剣を引き絞った。

 ゴブハルトの剣は既に折れ、切っ先も無い。

 正面から壊れかけとはいえ、盾があれば簡単にはじくことが出来るはずだ。


「うぉぉぉぉぉっ!!!」

『ゴブゥゥゥゥッ!!!』


 二人の雄叫びと同時に広場に金属同士がぶつかり合う大きな音が響き渡る。

 切っ先を無くしたゴブハルトの剣がギムイの盾にはじかれた音……のはずだった。


「なっ!?」


 しかし、はじかれたのはギムイの盾の方だった。

 驚愕するギムイの目が捉えたのは、盾の陰から突然現れた魔力の刃を纏った剣と――


『ゴゴゴゴブゥゥ!!』


 盾をはじいた勢いのまま、振り上げたその魔法剣を振り下ろすゴブハルトの姿だった。



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