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第32話 ゴブリンテイマー、出会ってしまう

「なんだよ……あんた何してるんだよ」


僕がそう声を掛けると男は今まで顔に貼り付けていた表情をガラッと変え、むしろ無邪気にも見える笑みを浮かべて僕の方を見る。

 そしてその見かけからはほど遠い若い、少年の様な声音で言った。


「あーあ、来ちゃった。だからさっさと殺しちゃえって言ったのに」


たしか彼は……なんて言ったっけ。

 名前が思い出せない。

 領都を出る前全員と名乗りあったはずなのに、どうして。


「何か悩み事?」

「君の名前が思い出せなくて」


僕は油断なく身構えながらそう答える。

 すると彼は「あはは。だろうね」と笑う。


「もしかして認識阻害のスキルを持ってるの?」


先ほど僕が飛び込んだ時に見せていた顔も、その姿も全ては擬態だったのだろう。

 そういえば領都を出てから僕は彼の存在を殆ど意識しなくなっていた。

 あり得ないことだ。


「うん。それだけじゃ無いけどね」

「じゃあ、今のその姿は君の本当の姿じゃないってわけか。だとすると君はいったい――」


僕はそう問いかけながらも彼の隙を突こうと足に力を入れた。

 だけど、彼はそんな僕の心を読んだかのようなタイミングで口を開く。


「おっと、やめてくれないかい。僕は暴力は苦手なんだ」


そう言って手に持った短剣を地面に落とし、続けて目線で床に倒れたままのヤンマンを指し示すと。


「それよりいいのかい? 急がないと、彼は死んでしまうよ」

「くっ。何が暴力は苦手だ! お前がやったことだろ!」


しかし、彼の言うことは正しい。

 見る限りヤンマンさんはまだ息はしているが、この出血量だ。

 早く回復ポーションか何かで手当てをしないと、本当に死んでしまう。

 それに外で怪我をしているゴブリンたちも心配だ。


「それじゃあ僕は逃げさせて貰うよ」

「逃がすと思うのかい?」

「エイルくんがそこの男とゴブリンたちの命より、僕を捕まえることを選ぶとは思えないからね」


彼はそう軽薄な笑みを浮かべつつ言い切ると「それじゃあ、またね」と入り口の反対側の窓を押し開けると姿を消した。

 その間、僕はこの男を今取り押さえるべきだという心と、ヤンマンさんを助けるのが先だという心で葛藤していた。

 だけど、結局僕は――歯ぎしりをしながら奴が逃げ去るのを見送り、ヤンマンさんの元へ駆け寄った。


「ヤンマンさん!」

「ううっ……エイルくん……か」

「いったい何があったんですか」

「君が外で戦い始めたのをみた奴が。突然これを破壊するって言い出して、私はそんなことは辞めるんだってもめてね」


ヤンマンさんがそう口にしながら大事そうに抱え込んでいたものを僕に差し出す。

 それは、すこし血に汚れているが、僕の見慣れた――


「テイマーバッグ!? どうしてそんなことを」


僕はヤンマンさんからテイマーバッグを受け取ると、いつものように腰に巻いて両手を空けてからヤンマンさんを抱き上げる。


「……あいつらが取引が終わり次第君たちを殺すって話を聞いてね……私は君たちを取引材料に攫うだけだと言うから今回の話に乗ったのに……」

「どうしてそんな話に乗ったんですか! 殺す殺さないに関わらず、冒険者が犯罪に加担したら、即ギルド脱退どころか」


僕は服の内側に緊急用に縫い付けておいた回復ポーションを引きちぎるように取り出しながらそう問いかけた。

 牢屋に入れられる時に身体検査をされなくて良かったと思いながら、ポーションの蓋を噛みちぎるように捨てる。

 そしてヤンマンさんの体で一番大きな傷に振りかける。

 振りかけたそばからポーションに込められた回復魔法が発動すると、かなり深く切り裂かれた傷がゆっくりと塞がっていく。


「ありがとう」


深い傷は塞がったが流れ出した血が戻るわけではない。

 ポーションの回復魔法で徐々に失った血もある程度は戻るだろうが、すぐにヤンマンさんが動けるほど回復することはないだろう。

 僕は彼を血だまりから抱き上げると、部屋の隅にある長椅子に横たえた。


「エイルくん。私は――」

「話は表の奴らを片付けてからです」


僕は腰のテイマーバッグに手を当てながら立ち上がると、破壊された扉へ足を向けた。

 一瞬だけ奴が出て行った窓を見る。

 もしかしたら僕は奴を逃がしたことを後で後悔するかもしれない。

 そんな不安がせり上がってくる。

 だけど、済んだことを後悔しても仕方が無い。


「行ってきます!」


僕は湧き上がりかけた不安を振り払うように、そう口にして足を踏み出した。

 外ではゴブハルトたちゴブリンが――僕の家族が待っている。


「一気に決めるよ」


その声はきっとテイマーバッグの中で出番を待つゴブリンたち全員に届いたはずだ。

 バッグを通じてゴブリンたちの心が伝わってきて、僕の心の不安を一瞬で吹き飛ばし。


「行け! みんな!!」


僕は建物から飛び出すと同時に、そう叫んだのだった。

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