第29話 ゴブリンテイマー、忍び込む
ゴチャックの先導で廊下を進む。
どうやらこの建物自体はそれほど大きくなく、少し大きめの民家を改造したもののようだった。
窓は木の板が打ち付けられていたが、隙間から外の光がかすかに差し込んでおり、廊下を歩くには問題は無い。
「ここは結局いったいどこなんだろうね」
「多分例の野盗の住処だと思いますけど」
廊下の突き当たりを曲がると扉があり、その扉を開く。
そこは牢番の部屋のようで壁には牢屋の鍵がぶら下がっていた。
四人分の椅子と机、机の上には乱雑にものが置かれていてとてもじゃないが綺麗とは言えない。
この部屋の窓は他と違い特に板で塞がれているわけでも無いようでつっかえ棒を使って半分くらい開かれた状態で放置されている。
少し覗き込めば外が見えそうだ。
「見てみます?」
「見張りとか居るんじゃ無いの?」
『ゴブブ』
「誰も居ないって言ってますよ」
僕はゴチャックの言葉を聞いてキリートさんと一緒に窓の隙間から外を確認することにした。
隙間から見えたのは古びた数件の木造の家。
「どうやらどこかの廃村みたいですね」
「それを盗賊団がアジトに使ってるってことか」
辺境の地では中央から何らかの理由で逃げてきた人々が勝手に街道から外れた場所に村を作り、隠れ住んでいることも珍しくない。
廻りの町や村との関わりが極端に少ないそういった所は何らかの理由で村が滅びて廃村になることも多い。
村民の減少による自然消滅ならまだ良いが、身内同士の争いや魔物の襲撃で滅びる場合もある。
この村の場合建物の損傷が少ない所を見ると自然消滅、もしくは住民がこの地を捨て別の町か村へ移住したかだろうか。
「あっキリートさんあっち見てください」
「ん? あれは僕たちの馬車だ」
窓の隙間からギリギリ見える建物の脇に僕たちが乗ってきた馬車が二台並んで置かれているのが見えた。
そしてその馬車の陰になってわかりにくいが向こう側に積み荷がすでに全て降ろされているのが目に入る。
「どうやらあそこに人が集まってるみたいですね」
「みたいだね。どうするエイルくん」
「もちろん黒幕の顔が見える所まで移動しますよ」
僕はそう答えて窓から顔を離すと出口の扉をなるべく音を立てないように開く。
小さく開いた隙間から光錯を使ったゴチャックが先に外に出て廻りを確認するために出て行くと、しばらくして戻って来る。
『ゴブブゴ』
「そうか。それじゃあ案内してくれるかい?」
『ゴッ!』
建物の周りを一周して確認したゴチャックによるとどうやら人が集まっている場所からこの牢屋の建物は死角になっているようでこのまま扉から出ても大丈夫だという。
だけどいつ誰が戻ってくるかわからない。
一応その警戒は必要だ。
「キリートさん。今から僕がゴチャックの力を補助魔法で強化します。ですから僕が良いと言うまで僕の手は離さないでくださいね」
「強化ってどういう……」
僕は何か聞きたそうなキリートさんの手を左手で握る。
そしてもう片方の手でゴチャックの手も掴んだ。
「いきますよ」
僕は少し意識を集中してゴチャックに自分の魔力を送り込み彼の力を解放する。
瞬間。
「行くって何を――うわっ」
僕の方を何とするのかと見ていたキリートさんが驚きの声を上げた。
「エイルくんが消えたっ」
「僕だけじゃありませんよ」
僕は掴んだ手をキリートさんの目線まで持ち上げるとそう答えた。
「あれ? 自分の手もぼやけて……これってまさか」
「ゴチャックの光錯スキルですよ」
僕はゴチャックの力を強化することでゴチャックのスキルの効果範囲を広げたのである。
村を出てからの訓練でゴブリンたちのスキルや能力は僕の補助魔法で強化できることを発見していた。
最初はゴブハルトの身体能力を強化するくらいしかできなかったけれど、訓練を重ねるうちに他のゴブリンたちの能力も強化できるようになったのだ。
ただし――
「テイマーバッグを奪われてるので僕の手が離れると効果は消えちゃいますから、絶対に手は離さないでくださいね。絶対ですよ」
「あ、ああ。わかったよ。それにしてもテイムした魔物のスキルをこんな風に使うなんて」
「おかしいですか?」
「専門家じゃ無いから断言は出来ないけど知る限り同じことが出来るテイマーを自分はしらないな」
「そうなんですね。それじゃあまり人前で使わないようにした方が良いですね」
僕はそう呟くとゆっくり扉の隙間からゴチャックに手を引かれるように外に出る。
両手が塞がっている僕の代わりにキリートさんがゆっくりと扉を閉じたのを確認して、僕らはゆっくりと馬車とその横の建物を陰にして盗賊団に見つからないように移動していく。
前にも言ったが光錯スキルは万能じゃない。
自らの体に当たる光を屈折させることで姿を隠すことは出来るが、よく見れば不自然に風景が歪んでいるのがわかる程度のものだ。
特に自分が動いている場合はその屈折のゆがみの目立ちは大きくなる。
それに足音や歩くときに出る土煙まで消せるわけでは無い。
なので慌てず走らずゆっくりと移動するのが鉄則だ。
「ふぅ、やっとついた」
神経を研ぎ澄ませながら牢屋の建物から馬車横の建物の裏へたどり着いた時にはキレートさんはかなり額に汗を浮かべていた。
そこまで気を張らなくても大丈夫だとは思うけど彼にとっては初めての体験なのだから仕方が無い。
「沢山の人の気配がありますね」
「十人以上はいそうだね。しかも中にはあのAランクパーティもいるんだろ?」
「ギムイたちですか。まぁ彼らが『本当にAランクパーティ』だったら少しは手こずるかもしれませんね」
僕は両手を離さずに建物の陰から顔を出し、馬車と建物で見えなかったこの廃村の入り口前広場らしく場所を眺める。
そこには野蛮そうないかにもな格好をした十人ほどの男たちとギムイたち冒険者、そして二人ほど見かけからは盗賊とは思えない男が立ち話をしていた。
「あれ?」
「どうしたんだいエイルくん」
「僕が予想していた人物がいないんですよ。それともこれから来るのかな? でも……」
その男たちの向こう側にもう一台少し僕たちの馬車より小さめだけど、立派な馬車が止まっているのが見える。
多分ギムイたちが出迎えに出た相手が乗ってきた馬車だと思うけれどその馬車からこれから誰か出てくるような様子は無い。
「じゃあの二人の内どちらかが『あのお方』ってことなのかな?」
「エイルくん、自分にもちょっと見せてくれるかい?」
「お願いします。僕が知らないだけでキリートさんなら知ってるかもしれませんしね」
僕はそう答えると手を離さないように注意しながらキリートさんと場所を変わる。
そして彼が建物の陰から顔を出したとたん――
「あいつは……トスラじゃないか!? どうしてこんな所に」
「トスラって誰なんです? キリートさんのお知り合いですか?」
「ああ。知ってるも何もあいつは――」
ダイト商会の代表であるケリー・ダイトの一人息子であり、ダイト商会の後継者。
トスラ・ダイトに間違いないとキリートは答えたのであった。