第28話 ゴブリンテイマー、牢屋に入れられる
「ん……ううん……」
「やっと目が覚めましたか」
重い瞼をゆっくり開けると、心配そうな顔のキリートさんがそう語りかけてくる。
体には馬車の振動は伝わってこない。
「ここは?」
僕はぼやけた頭で周りを見ながら体を起そうとした。
が。
「痛っ」
「ここに放り込まれた時に何処か怪我でもしたかも」
体の特に下になっていた右肩が痛む。
それに、なにより両手が後ろで縛られていて、手をついて起き上がることが出来ない。
「やっぱりこうなっちゃったか」
「残念だけど、エイルくんが言ってたことは本当だったよ」
不自由な状態でなんとか上半身を起した僕はもう一度自分の周りを確認する。
薄暗い室内には申し訳程度の敷物が敷かれていて、その上に僕とキリートさんは据わっていた。
部屋には小さな窓が二カ所。
出入り口の扉は真っ正面にあるが、その間には頑丈そうな鉄格子がそびえ立っていた。
「牢屋みたいな所ですね」
「みたいなというか、そのまま牢屋だろうね」
さて、ここまでは計算通りだけど、一応キリートさんにことの成り行きを聞いておこう。
「キリートさん。僕が眠ってしまってから後の事を教えてくれますか?」
「わかった」
中継所を出た後、僕は猛烈な眠気に襲われた。
多分間違いなく中継所で飲んだ丸薬のせいだろう。
そして僕が眠ってしばらくした頃、突然馬車の揺れが激しくなったらしい。
「きちんと整備された街道で、あんなに揺れるのはおかしいと思って、御者台へ向かったんだ」
御者台には御者のヤンマン。
そしてもう一人、護衛のヒャラクの二人が座っているはずだった。
だけどキリートさんが揺れる馬車の中なんとかそこにたどり着くと――。
「ヤンマンさんの代わりにギムイが居た」
「ギムイが?」
「ああ」
ギムイはキリートさんの顔を見ると、嘲るような笑みを浮かべて「坊主は眠っちまったのかい?」と尋ね、キリートさんがそれを肯定すると。
「突然御者台から自分の方へ歩いてきて殴りかかってきたんだ」
そうキリートさんは自分の頬を僕の方へ見せつけるように体を捻った。
彼の頬には殴られた痕がはっきりと残っていて、見ているだけで痛くなってくる。
「その一発で意識が飛んじゃってね……気がついたら、君と一緒にこの牢屋の中だったってわけさ」
「じゃあここがどこかは?」
「わからない……すまないな。君に頼まれていたというのに、情けないことだ」
キリートさんはそういって俯く。
だけど屈強な冒険者。
特に今回の護衛でも一番力が強そうなギムイに殴られたのだ。
一介の商人であるキリートさんが意識を失うのも仕方の無いことだろう。
それにギムイの方も狙って意識を狩ったはずだから、それにあらがえという方が無理がある。
「それじゃあ例のものが気付かれた可能性は?」
「自分が意識を取り戻してから、外で何か騒ぎがあった気配は無いから大丈夫だとは思うが」
僕はそれを聞いて少しホッとしながら自分の現在の状態をもう一度確かめた。
これからこの場を凌ぐためにはあまり大きな怪我があっては支障を来す可能性がある。
縛られた腕は痛いが特に骨が折れている様子は無い。
足も自由に動く。
ただ一つだけ馬車で昏睡する前と違う部分があるとすれば――
「やっぱりテイマーバッグだけは奪われちゃってるか」
テイマーにとってテイマーバッグは命と同じくらい大事な物だ。
なんせ、テイマーバッグが無ければ使役した魔物を呼び出すことが出来なくなるからである。
魔物を召喚できないテイマーなんて何の役にも立たない。
もちろん冒険者である以上は体も鍛えているので、そこらの一般人と戦って負けることはそうそうありえ無い。
だが、相手が冒険者なら別だ。
特に強力なスキル持ちの冒険者から見れば赤子も同然である。
「大丈夫なのかい?」
その問いかけに答えようと口を開きかけた時だった。
牢屋の部屋の扉が開き、数人の男が入ってきた。
そして先頭で入ってきた男――ギムイが鉄格子の向こうに立つと、その手に僕のテイマーバッグをぶら下げて、僕に見せつけるように揺らした。
「よう、坊主。やっと起きたか」
「おかげさまでぐっすりと眠ることが出来ましたよ」
答えた僕の視線が自分では無くテイマーバッグに向けられていることに気がついたギムイは馬鹿にしたような声音に変わる。
「これが欲しいのか?」
「僕のですから、出来れば返して欲しいなと」
「馬鹿か。返す訳ねぇだろ」
ギムイはそう吐き捨てると、僕のテイマーバッグを後ろに居る仲間に放り投げる。
「どうしてこんなことを?」
僕の横からキリートさんがギムイにそう問いかける。
だが、ギムイはそんなキリートさんを無視して僕から目を離さない。
「本当にこんなガキがワイバーンを殺ったってのか?」
やっぱりこいつらは僕のことを知っていた。
そして情報を彼らに渡したのは――
「ギルドマスターが吹いてんじゃないっすか? どう見てもこんなガキにワイバーンが殺れるとはおもえませんぜ」
ギムイの後ろからヒャラクが顔を出し、同じように僕を一瞥するとそう口にした。
ギルドマスター――領都のギルドマスターであるタコールのことだろう。
タコールならルーリさんが渡したアガストさんからの手紙である程度のことを理解していて、おかしくは無い。
ただ彼らは勘違いしている。
確かに僕はワイバーンを『撃退』した。
だけど殺しては居ない。
母ワイバーンは、まだ生きている。
今、それを一々訂正する必要はないけれど、タコールが良い感じに勘違いしてくれたのはありがたかった。
だからこそタコールとその裏にいる人物は僕とキリートさんを殺さず生け捕りにしようとしてくれたのだから。
そしてその黒幕はもうすぐこの場所にやってくるはずだ。
この野盗のアジトに。
「何だ? 笑ってんのか?」
「気持ち悪いガキだ。もう殺しちまいましょうぜ」
「俺も命令さえ無けりゃ、出来ればそうしたいところだがな……まぁ、テイマーなんざテイマーバッグを取り上げとけば何も出来やしねぇ」
彼らにしてみればワイバーンを倒した僕という危険要素は排除したいに違いない。
だけど彼らにそれは出来ない。
「もう少しの我慢だな。こいつらをあのお方に渡し終われば、後は馬車の中のお宝はあのお方が必要な物以外は全部好きにしていいって契約だ」
あのお方。
そいつが今回の件の黒幕だろう。
僕がゴチャックたちを使って調べた情報が確かならば、もうすぐやってくるその人物というのは――
「ギムイさん! いらっしゃいました」
扉の向こうから別の男が顔を出し、ギムイにそう声を掛けた。
その男は僕たちの方を見ると少し複雑そうな表情を浮かべる。
「ヤンマンさん無事だったんですか? 僕はてっきり……」
顔を出した男はキリートさんが殴られる前に、いつの間にかギムイと入れ替わっていたヤンマンだった。
僕はその話を聞いた時すっかりギムイたちに殺されたか、僕たちと同じように別の牢屋にでも押し込められている物だと思っていた。
だけどどうやらそれは違っていて、彼もまたギムイたちの仲間だったようで。
「ギムイさん、早く」
「おう。今行く」
ヤンマンは僕たちから目をそらすともう一度ギムイを急かし、扉の向こうへ消えていった。
「最後に一つ言っておく」
一度は扉に向かい背を向けたギムイだったが、そう口にして顔だけ振り返ると。
「命が惜しかったら、あのお方に逆らうんじゃねぇぞ。一介の冒険者風情じゃ、どうしようもねぇ相手ってのはいるもんだ」
それだけ告げて部屋を出て行った。
バタンと扉が閉まると、牢屋の中は小さな窓からの明かりだけの薄暗い空間に戻る。
僕はしばらくギムイが出て行った扉の先の気配に意識を研ぎ澄ませ、近くから人の気配が完全に消えたことを確認すると。
「ふぅ。やっと黒幕のお出ましですね」
そう言って縛られていたはずの両手を前に回し、手首に付いた縄の後をさすった。
「ええっ! エイルくん、縄はどうしたの!?」
「これですか? もちろん彼に切ってもらったんですよ」
僕はそう答えると自分の背後を指さした。
次の瞬間空間が揺れるように姿を現したのはゴブリンシーカーのゴチャック。
ギムイがこの部屋に入ってくる直前に部屋にある小さな窓から侵入して光錯を使い僕の背中に隠れていたのである。
光錯はこの部屋のように薄暗い場所では更に効果が増すため、ギムイたちにはその姿を捕らえることは出来なかった。
「キリートさんの縄も切ってあげてくれ」
『ゴ!』
ゴチャックによってキリートさんの手首を縛っていた縄が切り落とされると、彼も少し痛んでいた手首をさすりながら口を開く。
「しかし君のゴブリンテイマースキルというのは本当に規格外だな」
「そうですか? 僕は自分以外のテイマーの事はあまり知らないので、実はよく分からないんですよね」
「普通のテイマーなら、テイマーバッグを奪われた状態では魔物の力もかなり弱ってしまうはずなんだ。それに魔物との意思の疎通も困難になるって話だったんだが」
だけど僕のゴブリンテイマースキルは僕の知る限り新しく召喚することが出来ない事とゴブリンに補助魔法を掛けての強化が出来ない事以外は今のところ全く変化を感じたことは無い。
村を出て、ゴブリンたちと修行を始めてから今日まで。
僕は彼らと常に心を通わせてきた。
それはテイマーバッグを奪われた今でも、変わらない。
僕はキリートさんにそう告げるとゴチャックに牢屋の鍵を開けるように言った。
一瞬で開錠された鉄格子を押し開け、次に部屋の扉をゆっくりと開く。
同時にゴチャックが光錯スキルを発動し姿を消すと、扉の隙間から外に出て近くを確認してくれた。
どうやら僕たちをここに閉じ込めた犯人たちは全て『あのお方』とやらを迎えるために表へ向かったらしく、人の気配が全くしない。
「さて、それじゃあ黒幕の顔を拝みに行きますか」
僕とキリートさんは頷き合うと、ゴチャックに先導され廊下をゆっくりと歩いて行くのだった。