第25話 ゴブリンテイマー、話を聞く
このレリック商会は潰れる。
そう悔しそうに語ったターゼンさんにルーリさんは当然の問いかけをする。
「どうしてです? 前に来た時はダイト商会よりも繁盛していたと記憶してます」
前回ルーリさんがここを訪れた時。
あのダイト商会の店よりレリック商会は繁盛しているように見えたらしい。
そしてそれは事実なのだろう。
今のレリック商会は店内に客の姿は無くそれ以前に棚に並ぶ商品自体が同じような物ばかり。
その棚にも所々に空きが目立ちとても繁盛店には見えない。
「何から話せば良いのか……嬢ちゃんが前にこの店に顔を出してくれてからしばらく後の事だ」
ターゼン・レリック。
彼は元々は冒険者をしておりしかもギルドマスターであるアガストとパーティを組んでいた。
他にもメンバーはいたらしいのだけどアガストの引退を機に全員がそれぞれ第二の人生へ歩み出した。
パーティの中でも会計や商談を担うことの多かったターゼンはいつしか商売に魅せられ、自分の店を持つことを夢見ていたのだという。
そして元々はダイト商会一強だったこの領都に店を開いて十数年。
冒険者時代に培った人脈や様々な土地を見て回った知識を武器に彼は自らのレリック商会をダイト商会と肩を並べるまで大きくすることに成功した。
領都エモスだけでなく他の町にも支店を出し、定期的に国内の村などを巡回する行商隊はめったに商人が訪れない土地の人たちに大変感謝されたそうである。
そんな小さな村々の存在や現状もターゼンが冒険者として自分で見聞きした体験が生かされた商機の一つであった。
「だが数ヶ月前からレリック商会の馬車や行商隊が野盗に襲われる事件が頻発するようになった」
「今までは無かったのですか?」
「嬢ちゃんも知っての通り商会の一団には基本的にギルドから護衛が付くことになっている。もちろん無料では無いがね」
「ええ知っています。ですから普通は野盗に襲われることはめったに無いと――」
「ほぼ全滅だよ」
「えっ」
レリック商会の輸送隊は取引先の村で仕入れを追えた後十人ほどの冒険者によって護衛されこの地へ向かった。
だがその途中。
野営の最中に突然襲われたのだという。
生き残ったのは冒険者数人。
商会の人間や護衛の冒険者の殆どがその場で殺された。
「それはおかしいですよ!」
ルーリさんが驚きに満ちた声を上げた。
「どうしたんですかルーリさん?」
「エイルくんは知らないかもしれないけれど普通野盗というのは荷物が目当てなだけで人殺しはなるべくしない物なのよ」
「そうなんですか? それって――」
野盗によって荷物の被害が出る。
そのことはどんな商会も旅人も理解している。
だがこと人死にを大量に出したとなれば最悪軍隊が野盗の討伐に動く。
もちろん野盗の方も軍隊相手には逃げ切ることも戦って勝つことも出来ない。
領主にしてもある程度商人や民の積み荷が奪われたところで軍を動かすのは割に合わないが、人が大量に殺害されれば見て見ぬ振りは出来ない。
なので野盗も商人も最低限の所で折り合いを付け、命の奪い合いまでは殆ど起こることが無いのだ。
ルーリさんの授業でそう教わった。
「しかもそれはその一回だけでは無い。この数ヶ月間で『レリック商会の馬車隊だけ』狙ったように襲われ続けた」
「それで領軍は?」
「何度も陳情しに出向いたさ。だが領主のタコールは一度も会おうともせん……多分あのことを断ったのを根に持っているのだろうな」
ターゼンさんは疲れ切った表情で椅子に深く腰を沈めて。
「あのこと?」
そう尋ねるルーリさんの横に座る僕を見て口を開く。
「そういえばエイルとか言ったか。君は例のワイバーンを退けたのだったな」
「はい」
「領主の頼みをワシが断らなければアヤツが暴走することもヤツが命を落とすことも無かったのかもしれん」
「その領主からの依頼ってどんなものだったんですか? よければ教えてくれませんか?」
ルーリさんの問いかけにターゼンさんは少し口ごもった後答える。
「ワイバーンの子じゃよ」
「ワイバーンの子というと例の僕たちが助けたワイバーンの子供ですか?」
「ほう。お前たちが助けたじゃと?」
僕の言葉にターゼンさんは細い目を一杯に広げて驚く。
そういえばワイバーンを撃退したとは言ったけれど詳しい内容について僕たちはまだターゼンさんに語ってなかったことに気付いた。
「ターゼンさん。先ほどお渡ししたギルドマスターからの手紙を先に読んでいただけますか?」
ルーリさんもそのことを思い出したらしくターゼンさんに先ほど渡した手紙を読むように告げた。
僕自身はあの手紙に何が書かれているかは大まかにしか知らないけれど今回のワイバーン騒動について記されていることは確かなはず。
「ふむ。詳しいことはこれに書いてあると言うのだな」
「はい」
ターゼンさんは自らの執務机からペーパーナイフを取り出すと封を開け中に入っていた手紙を取り出し読み出す。
彼の顔は手紙を読み進めるほどに皺が深く険しくなっていき。
そして――
「ヤツは殺されたとでもいうのかっ」
そう叫んでバンッと机の上に手紙を叩き付けたターゼンさんはそのまま深くソファーに身を沈め目を閉じた。
ヤツというのはきっとあのワイバーンの主だった元冒険者に違いない。
「ワシがヤツにこんな町を……場所を紹介なぞしたばっかりに」
ターゼンさんとワイバーンの主であるオックスと出会ったのは冒険者時代のことだったらしい。
その頃からオックスは冒険者を引退した後ワイバーンと共にゆっくりと過ごせる場所を探しているとよく言っていたらしい。
小型の魔物であれば都市部近郊でもかまわないのだろうがなんせワイバーンだ。
しかも彼はその当時から既に二匹のワイバーンの成獣を使役していた。
冒険者を引退すれば旅先でワイバーンの餌になる魔物や獣を狩ることも少なくなる。
だとするとワイバーンの餌場になるような場所が近くにある所でないと住むことは出来ない。
「それでこの町の外れを紹介したんだよ。ずいぶんヤツも気に入ってな。それに前領主も近くの魔物を退治してくれるってんで喜んでくれたんだが」
様子が変わったのは五年ほど前。
前領主が突然亡くなったために今の領主であるガエル・タスカーエンが後を継いだ後だった。
まだ若かったガエルは領主として父親が教育中であったが急死によって中途半端な状態で領主を継ぐことになったという。
「前領主の頃は時折エモス領の有力者たちを集めて会議をして領地の状況を確認したり方針の決定をしたりしてたんだが」
ガエルが後を継いでからはその会議は一度も行われていないらしい。
「それで一年位前だったか。そんな領主に突然ワシは呼び出された」
レリック商会が軌道に乗りこの町の有力者の一人となったターゼンさんはその事もあって領主への顔見せとして呼ばれたと思ったそうだ。
「そして領主のガエルは挨拶もそこそこに突然ワシに命令しやがったのさ」
「命令?」
「ああ。あの口調は人に物を頼む態度ではなく命令だった」
内容は僕が予想した通り『今度生まれるというワイバーンの子供を領主に差し出すようにオックスを説得せよ』という物だった。
もちろんターゼンさんはその命令を拒否した。
オックスから自分の死後はワイバーンたちを自由にしたいという願いを彼は聞いていたからである。
「それでもその時は特に何も言われなかった。ガエルも『それならしかたがない。他の者に頼むとしよう』と言っていただけだったからな」
そう呟くとターゼンさんは机の上に叩き付けた手紙をもう一度手に取り――
「その『他の者』ってのが誰だか知らないがまさかオックスの命を奪ってまでワイバーンの子を奪おうとするなんてな」
悔しげに唸った後、皺が刻まれた両手で握りつぶしたのだった。