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第2話 ゴブリンテイマー、ギルドカードを手に入れる

「ゴブリンと訓練しても効果があるとは思えないけれど……」


 ルーリさんは眉をひそめながらも、優しい笑みを浮かべた。


「それじゃあ、冒険者登録するから、少し待ってて」

「お願いします」


 僕は小さな声で答えた。


 受付カウンターの上に置かれた申請書を見つめながら、自分の選択が正しかったのか、少し不安になる。

 けれど、ここまで来たのだ。もう後戻りはできない。


 ギルド内の騒がしさは増すばかりだった。

 特に奥にある酒場スペースでは、【荒鷲の翼】のメンバーが派手に宴会を続けていた。


 どうやら、彼らはもう僕に興味を失ったようで、豪快な笑い声を響かせながら、自分たちの冒険話を誰彼構わず自慢げに聞かせて回っていた。


「このワイバーンの眼球を見てみろよ! こんなでけぇの、お前らはみたことあるか?」


 銀の鎧を身につけた大男が、袋から取り出したものを、周囲に見せびらかしている。

 話の内容からするとワイバーンの目玉らしい。

 この町の近くには様々な魔物が住む森や山があるのは知っている。

 そして魔物の素材はものによってはかなり高価で取引されることも。

 たぶん彼らは、その魔物狩りをしてきたばかりなのだろう。


「そんなもの見せられても、食欲が減るだけよ」


 白い僧侶服の女性が顔をしかめながらも、目を離さずに興味を示していた。


「こういうのを酒の肴にして飲む酒が旨ぇんだろうがよ」

「違いない」


 僕は、彼らの様子を横目で見ながら、いつか自分も、あんな風に堂々と冒険の成果を語れる日が来るのだろうか、と思った。


 けれど、今の自分には、【ゴブリンテイマー】というスキルがある。


 世間では最弱と呼ばれる種族だけをテイムできるスキルだ。

 そのことを話すと、誰もが僕を馬鹿にした。


 ああ、違う。


 みんな『ゴブリン』という最弱の魔物を馬鹿にしていたんだった。

 そして僕は哀れみを浮かべた目を向けられるばかりだった。

 なにせゴブリンという魔物は僕が知る限りでもこの世界で最弱の魔物の一角である。

 一対一であれば子供一人でも倒せる、そんな存在だと誰もが思っていた。

 だから僕も最初は――


「お待たせ、エイルくん」


 物思いにふけっていた僕の前に、ルーリさんが戻ってきた。

 彼女の手には、一枚の小さなカードが握られていた。


「はい。これが貴方のギルドカードよ」


 僕に差し出されたのは、シンプルな白いカードだった。

 端には金色の装飾が施され、正面にはギルドの紋章が描かれている。


「これが、ギルドカードですか……」


 僕は、恐る恐るカードを見つめた。


 それはまだルーリさんの手の中にあったが、まるで自分の未来を告げる占い札のように、神秘的に見えた。

 もちろん初めて見たわけじゃない。

 僕が生まれ育った村にも、時折冒険者がやって来ていたし、その時にギルドカードを見せて貰ったことがある。

 彼ら、彼女らの語る冒険譚に憧れ、僕が冒険者を目指そうと決めた理由の一つでもあった。


「身分証明書にもなるから、失くさないようにね。これがあれば、どこの街のギルドでも、冒険者として認められるわ」

「ありがとうございます」


 僕は、ルーリさんに軽く頭を下げると、彼女が持つギルドカードに目を落とした。

 そこには、『エイル』という名前と、その下に、最低ランクを示す「G」の文字が刻まれていた。


 冒険者ランクは『G』から始まり『S』が最高ランクだということは知っている。

 どうしてそうなのかは、このギルドカードを作ったと言われている古の魔道具師しか知らないらしい。


「名前とか間違いないか確認してね」

「あっ、はい。大丈夫だと思います」


 他には、所属ギルド支部の名前や賞罰欄があるが、当然ながら、賞罰欄は空白だった。

 どうやら子供の頃、遊んでいて隣の家の柵を壊したことは賞罰にはあたらないらしい。


「それじゃあ、このカードの表面に、貴方の血液を一滴垂らしてね」


 ルーリさんの言葉に、僕は聞き返す。


「表面なら、どこでもいいんですか?」

「ええ、構わないわ。貴方の魔力紋を登録して、偽造が出来ないようにするだけだから」


 魔力紋というのは魔力の形のことだとか。

 この世界に住む生きとし生けるもの全てが持つ魔力には、僕もよくわからないけれど違いがあるらしい。

 その違いをカードに記録しておくことで本人証明として使えるようになる。


「えっと……これでいいか」


 僕は、腰に下げていた小さな革のポーチから、ナイフを取り出した。

 それは、僕が故郷を離れる時に、父親から貰った大切なものだった。


 刃先は小さいが、非常に鋭く研がれている。


「っつ」


 躊躇わずに人差し指の先端に小さな傷をつけると、僕は少し顔をしかめた。

 そして、その指先から滲み出た赤い液体を、カードの上に一滴落とした。

 その直後――


「うわっ、光った!」


 血がカードに触れた瞬間、カード全体が、青白い光に包まれたのである。


「あ、何か出て来た」


 光が消えると、僕の名前とランクの下に、新たに【ゴブリンテイマー】という文字が浮かび上がっていた。

 本当にどういう仕組みなのだろうか。

 僕の魔力紋には僕が持っているスキルまでわかる何かが含まれているということなのだろう。


「あら、本当に貴方のスキルは【ゴブリンテイマー】なのね。【テイマー】スキルの人は、今まで何人も見てきたけど、一種類の魔物専用の【テイマー】スキルは初めて見たわ」


 ルーリさんの声には、驚きと共に、少しだけ興味が混ざっていた。


「僕も気になってたんですけど、僕以外に……その……特定種族だけをテイムできるスキルを持ってる人っていないんですか?」

「ええ、私が知る限りはね」

「ドラゴンテイマーとか聞いたことあるんですけど」


 テイマースキル持ちの中でも最上級で、誰もが憧れる存在なのがドラゴンテイマーと呼ばれる人たちだ。

 世界でも最強の魔物と言われているドラゴン。

 その魔物を使役出来るのだから当たり前だけれど。


「ああ、そういうことね。偶に勘違いしてる人もいるみたいだけど、ドラゴンテイマーっていうのは通称であって、別にドラゴンだけをテイムできる人ってわけじゃないの」

「そうなんですか?」

「ええ。ドラゴンを使役するほどの途轍もなく強いテイムスキルを持ってる人とか、偶然ドラゴンを助けたり、卵から孵して懐いたドラゴンをテイムした人とか、とにかくどんな形でアレドラゴンを使役している人たちのことを、みんながドラゴンテイマーって呼んでるだけなの」

「そういうことだったんですね」


 僕はルーリさんからギルドカードを受け取ると、感慨深げに眺めた。


 表面に刻まれた自分の名前と、その下に記された【ゴブリンテイマー】という文字。

 どうやらこの能力は僕だけしか持っていないユニークスキルで間違いないようだ。


「いつか越えてやるんだ……絶対……」


 これが、自分の歩む道なのだと、改めて実感した。


「これで、魔力紋の登録も完了したわ。これで貴方は、今日から立派な冒険者よ」

「ありがとうございます、ルーリさん。僕、立派な冒険者になってみせるよ」


 嬉しさのあまり、先ほどまでの落ち込んだ気持ちはすっかり薄れ、僕は笑顔でギルドカードを見つめた。


 真新しいそれは、これから始まる、僕の冒険者生活の証だった。


「それじゃあ、早速なにか依頼を受けていく?」


 ルーリさんの提案に、僕は即座に頷いた。


「はい。そのつもりです。ここまで来る間に路銀もほとんど使い切っちゃってますし、まだ今日は時間もありますし」


 外を見れば、まだ日は高く、お昼にもなっていない。

 この後、特に予定もないし、簡単な依頼なら、十分こなせるはずだ。


 それに、今現在持っている所持金も、かなり心もとない。

 旅籠の部屋代も、あと数日分しかないのだ。


「じゃあ、初心者でもこなせる依頼を紹介するわね」


 ルーリさんは、受付の下にある引き出しから、何枚かの紙を取り出した。


「それと、後でお金のない新人冒険者さんのために、ギルドが用意している支度金も渡すわね」

「支度金!? そんなものまでもらえるんですか?」


 まるで心を読まれたかのようなルーリさんの言葉に、僕は思わず食いついた。

 目が輝いているのが、自分でも分かる。


「ええ。と言っても、タダでプレゼントするわけじゃなくて、簡単に言えば、無利子無担保の融資みたいなものなのよ」


 ルーリさんは、微笑みながら説明を続けた。


「特に、冒険者になりたての子は、お金が無くて宿屋にも泊まれない、という人が多くてね。それで出来た仕組みなの」

「融資、ってことは、返済が必要なんですよね?」


 僕は、少し不安そうに尋ねた。


「もちろん。依頼達成で貰える賞金とかのお金から、少しずつ返済してもらうことになるわ。でも、無理のない範囲でいいからね」


 正直、その話は、お金のない僕にとって、渡りに船だった。

 宿の部屋代はもとより、食費や装備の修理代など、これから必要になる出費は山ほどある。


「何から何まで、本当にありがとうございます。ルーリさんの期待に答えるために、これから一生懸命がんばりますね」


 僕は、深々とルーリさんに頭を下げた。


 今日一日の出来事は、僕の人生を大きく変えることになるだろう。

【ゴブリンテイマー】という、誰もが嘲るか憐憫の目を向ける、そんなスキルでどこまで行けるのか。


「よし、やるぞ!」


 それを試す旅が、今、始まったのだった。

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