第18話 ゴブリンテイマー、語りかける
「逃げろっ!」
僕は慌てて側に立つ二匹のゴブリンの手を掴んで走り出す。
目の端ではゴブリーナのファイヤーボールとワイバーンの火球が激突し、ファイヤーボールがその炎の中に飲み込まれていくのが映った。
「ワイバーンがドラゴンみたいに炎を吐くなんて聞いてないよっ!」
これが進化したワイバーンの得た特殊な能力であることは間違いない。
僕は思いっきり二匹と共に迫り来る火球の射線から逃げるように飛ぶ。
一瞬遅れて先ほどまで僕たちがいた場所に盛大な火柱が立ち上り、門の中でその戦いを見ていた人々から悲鳴が上がった。
幸いなことに僕たちを直接狙ったものではなかったために避けることができたが、次は避けられるだろうか。
僕はなんとか方法はないかと頭をフル回転させる。
相手がただのワイバーンであったなら、既にゴブハルトだけでも勝負は付いていたはずなのに。
「あっ!」
僕は弾き飛ばされたゴブハルトのことを思い出し、彼が吹き飛ばされたであろう場所に目を向ける。
がそこには既にゴブリンオーガの姿はなく――
「ゴブシェラ、ゴブリーナ。僕が名前を呼んだらそれぞれ魔法でワイバーンに攻撃を頼むよ」
『ゴブ』
『ゴブブ』
倒れ込んでいた地面から体を起こしながら、二匹のゴブリンが杖を構える。
僕が見つめる先では群がるゴブリンを迷惑そうに払いながらも、ワイバーンの足が空中へ浮き上がるのが見えた。
そしてそのワイバーンの背後に立つ影も。
「ゴブリーナ!」
『ゴブブ!』
僕の号令でまずはゴブリーナがファイヤーボールを放つ。
気配を感じたのかワイバーンがまた大きく口を開くのが見えた。
このままここにいたら次こそ直撃を受けるだろう。
だが今は動くわけにはいかない。
「ゴブシェラ!」
『ゴブ!』
続けてワイバーンの意識をこちらに固定するためにゴブシェラへ指示を出す。
が……。
「えっ?」
てっきりゴブリーナと同じようにファイヤーボールがその杖から飛び出すのかと思っていたのだが、杖からは何も飛び出さない。
どういうことか、とゴブシェラに問いただそうとした時、ワイバーンの目の前で大きな爆発が起こった。
「まさかゴブシェラの魔法って火炎魔法じゃなくてボム魔法なのか……」
ゴブリーナのファイヤーボールが直線的に焼き尽くすものだとするなら、ゴブシェラのボム魔法は一カ所に魔力を集中させその周囲にダメージを与えるタイプの攻撃魔法だ。
てっきりステータス上はほとんど変化がなかったためにゴブシェラはゴブリーナと同じ力を持っていると思い込んでいたが、違ったらしい。
「まったく【ゴブリンテイマー】ってスキルは本当に謎だらけだ……」
だがゴブシェラのボム魔法が炸裂したおかげでワイバーンの火球の威力がかなり落ちたようで、ゴブリーナのファイヤーボールも今度はかき消されずワイバーンの鼻先に届く。
もちろんかなり削られた魔法の威力ではワイバーンに火傷一つ負わせることはできなかった。
だが――
「今だ! ゴブハルト!」
僕はワイバーンの口が大きく開かれこちらに意識が向いたのを確認しつつ大きな声で叫んだ!
ゆっくりと気がつかれないように気配を殺しながら、ワイバーンの背後に迫っていた影。
折れた方の剣を捨て、残っていた片手剣を両手で握りしめたゴブリンオーガがゴブリーナのファイヤーボールが届いた瞬間、無言で高く飛び上がるのが見えた。
『ゴブゥゥゥゥゥ!!!』
その剣はゴブハルトの咆哮と共にワイバーンの翼の付け根に深く突き刺さり、その勢いのままワイバーンを地面に縫い付けたのだ。
鳴り響くワイバーンの悲痛な雄叫びと共に、その翼から風の力が一気に失われる。
「いまだ!!」
僕はゴブリンたちにワイバーンを押さえ込むように指示を出すと、自らも前線に向けて走り出す。
遠目で分かりにくいがゴブハルトの負っている怪我はかなり深く見えた。
そんな体で力の限りの攻撃を仕掛けたせいで、その体から血が大量に流れ出している。
「早くゴブハルトをテイマーバッグへ……」
テイマーバッグの能力の一つに使役魔物の回復能力がある。
その間はそれなりの魔力を吸い取られることになるが、回復魔法が使えない僕にとってそれはありがたい能力だ。
僕はゴブシェラたちと共に抗うことを諦め、地面に突っ伏したワイバーンの側まで駆け寄ると、まずはゴブハルトをテイマーバッグへ戻す。
そして炎を吐く口が開かぬように何匹ものゴブリンに押さえ込まれたワイバーンの前に立った。
「さて、どうしようか……」
本来ならすぐにでも殺すべきだということは分かっている。
だけど僕はこのワイバーンに違和感を覚えていた。
ワイバーンであるにもかかわらずギリギリになるまで空へも飛び立たず不利な地上戦をし続けていたこと。
そしてゴブリンオーガに進化したとはいえ通常のワイバーンならともかく進化しているワイバーン相手に五分にゴブハルトが戦えたこと。
片方の翼を貫かれたとはいえあまりにあっけなく地に伏したこと。
そしてまだ片翼を貫かれただけだというのに完全にその体力を失ったかのようにぐったりとした姿。
もしかしたら……。
僕はゆっくりとワイバーンの体を調べるために移動する。
頭の立派な二本の角。
すっかり戦意を失った赤い瞳。
貫かれた翼から生えるゴブハルトの剣。
ゴブリンたちにがっちりと押さえつけられ動かすこともままならない太い尻尾。
そして――
「やっぱりね……」
同じようにゴブリンたちによって動きを完全に封じ込められた鋭い爪の生えた足を見た時、僕の心の中にふと浮かんだ疑問が確信へと変わったのだ。
「君も元々はテイムされた魔物だったんだね」
僕がじっと見つめるワイバーンの足。
そこにはくっきりと一本の跡が残っていたのであった。
それは長い間その部分に何かが巻かれていたことを意味する。
自然にそんな日焼けのような跡ができるわけがない。
「しかも僕たちと戦う前からかなり怪我をしているみたいだ」
マイルさんたちが襲われた時に反撃してできた傷だろうかとも最初は思った。
だけどその傷のほとんどはそれなりに時間が経っているように見えて、とてもじゃないがマイルさんたちが戦った時にできたにしては古すぎる。
「ゴブリーナ。このワイバーンと話がしたいんだけど通訳できないかな?」
『ゴブブ?』
通常魔物と人は話すことはできない。
通常魔物と意思の疎通ができるのは【テイマー】スキルを持つ者のみ。
しかも自らがテイムして使役している魔物とだけである。
高位のドラゴン種の一部や魔族と呼ばれる人に近い魔物の中には会話が可能な者もいるらしいが、進化しているらしいとはいえこのワイバーンは人の言葉は話せないようだ。
だが魔物同士であればある程度の意思の疎通は可能な場合があるらしい。
なので僕はゴブリーナにそれが可能かどうかを尋ねたのだ。
このワイバーンもゴブリーナも進化した魔物。
ならば会話が成り立つ可能性があるのではないかと思った。
『ゴブブブ』
『グギャウ』
そしてどうやらそれは正解だったようだ。
「そうか。じゃあワイバーンに聞いてほしいんだけど、どうして行商人を襲ったんだい?」
魔物が人間を襲うのはよくあることだ。
なので普通めったにワイバーンくらいの魔物には遭遇することはないとは言え、遭遇すれば行商人の馬車を襲うこともあるだろう。
だけど元使役魔物であったとしたら話は別だ。
【テイマー】に一度でもテイムされた魔物はその後【テイマー】が死ぬか自分が死ぬまで人と過ごすことになる。
そしてこのワイバーンのように主である【テイマー】が亡くなり使役契約が解除された魔物は新たなる主を求めるか人のいない地へ向かうことがほとんどであるとルーリさんから聞いている。
理由はよく分かっていないらしいが、主と同じ種族を『餌』と認識できなくなるためではないかともいわれている。
「だから君のように主を失った使役魔物が、行商人を襲うなんて普通は考えられないことらしいんだ」
『ゴブ』
『グギャギャ』
僕はこのワイバーンからどうしても話を聞きたかった。
ワイバーンの傷の謎。
なぜ普通なら襲うはずのない馬車を襲ったのか。
もしかしたらワイバーンの主が亡くなったことも何か関係があるんじゃないだろうか。
ゴブリーナを介した会話はかなり片言でよく分からない言葉も混ざりなかなか難航した。
そして知った真実に僕は驚きと悲しみと怒りが心を埋めていくのを感じた。
「それは本当かい?」
『ゴブブ』
「だとするともしかしたら僕が君と戦っている間にそいつは……」
僕はワイバーンから事の真相を聞くと、ゴブリーナとゴブリンたちに後を任せ慌ててゴブシェラと10匹ほどのゴブリンとともに町の門へ向かう。
突然ワイバーンの前から戻ってきた僕に、門で様子を見ていた冒険者や衛兵たちから歓喜と称賛の声が上がる。
「すげーな! 本当にワイバーンを倒しちまうなんて!」
「馬鹿にして悪かったな!」
「ワイバーンの素材は高く売れるっていうぜ! 今日は奢ってくれよゴブリン坊ちゃん!」
「【烈風の刃】の奴らはお前さんが戦ってる間に上手く出て行ったぜ!」
やいのやいのと浮かれた言葉が投げかけられる。
そんな中僕は近くにいた衛兵の一人に駆け寄ると周りの喧騒に負けないように――
「ワイバーンに襲われたという行商人と馬車は、どこにいったんですかっ!!」
と人生で一番大きな声で怒鳴ったのだった。