第16話 ゴブリンテイマー、戦いを挑む
「畜生、あいついつまで居座るつもりだ……」
「これじゃあ町から出ることも、しばらくは誰も町に近寄ることもできねぇ……」
「タイミングが悪すぎる……。【荒鷲の翼】も【炎雷団】の連中を引き連れて領都へ向かったばっかりだしよ……」
僕が町の門に近づくと、そこには既に10人近い冒険者らしき人たちと衛兵の姿があった。
それぞれ門の覗き穴から外を見ては口々に騒ぎ立てている。
どうやら件のワイバーンは門の外にまだ居座っているらしい。
「あのー……」
僕はその中で一番ベテランそうな冒険者に声をかける。
立派な髭と精悍な顔つき。
相当な修羅場をくぐり抜けてきたのか、身につけた防具にも幾多の傷が刻まれている。
「なんだ? 今は子供の相手をしている暇はないぞ。それにあのワイバーンがいつ門へ突撃してくるか分からんからな。怪我しないうちに家に帰れ」
「いや、ぼくは……」
「いくら結界があるとは言っても、あのレベルの魔物相手じゃこの町の結界程度じゃ長くは持たん」
「ですから僕は子供ではなく、ですね……」
幼い見た目のせいでどうやら彼には僕が町の子供のように見えたらしい。
確かにまだこの町に来て簡単なクエストをこなしただけのひよっこだ。
おかげできちんとした装備もまだ買えていないから、一般人のように見えるのも分からないでもない。
「おいこいつ例の……」
「ああゴブリン野郎じゃねぇか」
僕がどうしようか迷っていると、冒険者の集まりから数人の男が僕の姿を見つけて寄ってきた。
どうやら彼らは僕のことを知っているらしい。
よかった、これで話が通じる。
「お前のせいでっ……!」
そう思ったのも束の間。
僕はその中の一人に突然胸ぐらを掴み上げられてしまった。
さすが冒険者。
僕くらいなら片手で簡単に持ち上げられてしまう。
「ちょっと、何をするんですか!」
「お前が【炎雷団】の皆をはめたんだろ!」
「はめたって、いったいどういう……」
「黙れ! あの優しい人たちが初心者狩りなんてする訳ねぇんだ!」
冒険者の後ろから数人が「そうだそうだ」という声を上げる。
どうやら彼らは【炎雷団】の表の顔しか知らない連中らしい。
あの僕が返り討ちにした【炎雷団】はかつてはこの町近辺でかなり活躍をしていたパーティだったそうだ。
Aランクまで駆け上がっていくその姿に憧れる若い冒険者も多く、中には彼らに公私にわたって世話をしてもらっていた者もいたという。
だがそれも数年前までの話。
ある時彼らは領都の貴族から一つの指名依頼を受け……それに失敗した。
元々彼らは気に入った若手も入れれば8人パーティだったという。
だがその依頼で仲間を数人失い、そこから彼らの快進撃は一気に失速。
ルーリさんの勉強会で聞いた話によると、既にギルドでは彼らをAランクからBランクへランクダウンさせることも決まっていたという。
「人はね、ちょっとしたことで変わってしまうんですよ」
「なんだと!」
僕はテイマーバッグに意識を集中させ、中からゴブハルトを召喚した。
「うわっ」
「なんだあの魔物は……」
「オーガ!? いやでもあんなに小さなオーガがいるわけがない……」
突然現れたゴブハルトに驚いている隙を突いて、僕は冒険者の腕を振り払い地面に着地すると、素早くゴブハルトの後ろに回り込んだ。
「彼は僕の相棒のゴブハルト。もちろんゴブリンですよ」
そう告げると同時、ゴブハルトが『ゴブフゥゥゥ!』と一声吠える。
まるで打ち合わせをしたかのようなタイミングだ。
「ゴブリンだと……」
「そんなまさか……」
「だがあの鳴き声はゴブリンのものだ……」
その場にいた者全員が外にいるワイバーンのことも忘れ、僕の前に立つゴブハルトに驚きの声を上げる。
まあ僕も今のゴブハルトの姿を初めて見たら、驚くのも仕方が無いとは思う。
「僕のゴブリンは進化して成長するんですよ。あ、安心してください。ちゃんとギルドマスターから使役の首輪を貰って付けてありますから」
僕はゴブハルトの首に巻かれた首輪を指さして告げる。
その言葉を聞いてゴブハルトの首輪を確認したのだろう。
剣を抜きかけていた人たちが剣から手を離していく。
「貴方たちがかつての【炎雷団】にどれだけお世話をして貰ったのかは、この町に来たばかりの僕には分かりません」
我ながら少しみっともないなと思いつつ、ゴブハルトを盾にしながら僕に罵倒を浴びせた冒険者に向けて言葉を紡ぐ。
「ですが僕は間違いなく彼らに命を狙われました。そして使役魔物のゴブリンが何体も怪我を負うことになりました」
そんな事を口にしながら僕は次々とテイマーバッグからゴブリンたちを召喚していく。
「そしてギルドの取り調べで彼らはここしばらくの間に起こった、新参冒険者の死亡事故にも関わっていることを自白したのです」
次から次へとテイマーバッグから飛び出し、僕の後ろに整列していくゴブリンたち。
「僕のようなゴブリンしか使役できない【ゴブリンテイマー】が、【炎雷団】という実力者を倒せるわけがない、と言われているのも知っています」
いつの間にかゴブハルトの左右にはゴブリーナとゴブシェラが並び、ギルドマスターとルーリさんからプレゼントされた魔法使い用の簡易的な杖を握りしめていた。
「ですが僕の【ゴブリンテイマー】スキルは貴方たちが考えているような弱いスキルではありません」
100匹以上のゴブリンたちの放つ圧力に、門の前に集まった人々はすっかり押し黙ってしまっていた。
「今からそれを証明するためにあのワイバーンを倒します。あ、そういえばこの中にエンヴィさんのパーティメンバーは、いらっしゃいますか?」
「お、俺たちがそうだが……」
「エンヴィは助かったのか?」
冒険者の中から二人の男が前に出てくると、そう尋ねてきた。
僕は彼らにエンヴィとマイルの現状を告げ、なるべく早くワイバーンを倒して中級の回復魔法使いを迎えに行かないといけない、ということを告げた。
「そうか……分かった。それで君なら、あのワイバーンを倒せるんだな?」
「僕というより僕のゴブリンたちなら、可能だと思います」
『ゴブッ』
「ゴブハルトも『そうだそうだ』と言ってますし、大丈夫。任せてください」
「そうか信じるぞ。それで俺たちは――」
僕とゴブリンがワイバーンと戦闘を始めたら、彼らはその隙をついて町を出て件のパーティを呼びに行く。
そんな簡単な作戦内容を伝えると、彼らはそれぞれの武器を握りしめて「分かった」と頷いた。
「それじゃあ今から僕らがワイバーンを倒してきますので、門を開けてください」
ルーリさん教室によれば、門を開けたところでワイバーンが結界の中に簡単に入ってくることはできないという。
なので僕たちは堂々と正面から奴に向かっていくことにする。
「みんな、準備はいいかい?」
『『『ゴブブブッ!!』』』
100匹以上のゴブリンたちが同時に片手を高く上げ、了承の意を示した。
そしてゴブハルトは腰に提げた二本の剣を抜き去り、ゴブリーナとゴブシェラは魔法の杖に魔力を集中させ始める。
僕もいつでも支援魔法をかけられるようにしながら足を踏み出した。
「それじゃあ、倒してきますね」
僕はそう告げると、ゴブハルトを先頭にゆっくりと開かれていく門へ向かうのだった。