第13話 ゴブリンテイマー、首輪を付ける
後に残されたのは僕とギルドマスター、そして三匹のゴブリンだけだ。
「しかしそっちの雌ゴブリン二匹は良いとしてだ……」
ギルドマスターの視線がゴブリーナとゴブシェラから、ゴブハルトへと移動する。
「こっちのゴブリンオーガはどう見てもゴブリンには見えんからな。ギルドの会員には一応説明しておいた方が良いだろう」
ギルドマスターはそう言うと立ち上がり、「ちょっと待っていろ」と言い残し、応接室を出ていく。
そしてすぐに戻ってくると、テーブルの上にオレンジ色の輪っかのようなものを三つ置き、その中で一番大きな輪っかを僕に差し出した。
「お前さん、使役魔物にこれを付けていないだろう」
「これって何ですか?」
僕はギルドマスターから輪っかを受け取ると、くるくると回しながらしげしげと眺めてみる。
太さは小指ほどだろうか。
表側は一箇所だけ小さな宝石が施されたシンプルな輪っかだが、内側には何やら魔方陣のようなものが描かれている。
「それは【テイマー】が使役した魔獣に付ける首輪だ。まあデカい魔物には足に着けたりもするがな」
「首輪? これをゴブハルトたちに着けるんですか?」
「ああ。というか本来【テイマー】の使役魔物にはこの首輪型魔道具は絶対に付けておくべき代物だぞ」
ギルドマスター曰く、普通の魔物と使役されている魔物を区別するために、通常の【テイマー】は自らの使役魔物には必ずこの首輪を付けるのが当たり前なのだそうだ。
そうでないと、突然空からグリフォンやドラゴンが現れた時に、兵士や冒険者から攻撃を受けてしまうからである。
内側に描かれた魔方陣には、街などに張り巡らされている魔物避けの結界を通り抜けられるようにする効果があるという。
「でも僕のゴブリンたちは普通に街に入れましたけど?」
最初に街に来た時やクエストに向かった時は、テイマーバッグに入れていたから、結界を通れたのだとしても、【炎雷団】を引き連れて戻ってきた時もそのまま街に入ることができたのだ。
もしかしてこの街には結界がないのだろうか?
僕がそう口にすると、ギルドマスターは少し言いにくそうにしながら教えてくれた。
「対魔物用の結界、というのはな、それなりに強い魔物にしか効かんのだよ」
「どうしてです?」
「そりゃあ、結界を維持するのにもそれなりのコストというものがかかるからな。ゴブリン程度の魔物じゃあ普通壁も越えられないし、門を突破して中に侵入するなんて不可能だ」
弱い魔物は簡単に対処できるので、それに警戒するコストをより強い魔物相手に振り分けた方が良い。
そういう設計思想で街の結界は作られているらしい。
「だからお前さんのゴブリンは素通りできたって訳だ。本来なら、ルーリとかが使役魔物を一度チェックすべきだったんだろうが……」
ギルドマスターは机の上に残る二つの首輪の片方を手に取り、続ける。
「まあ、まさか、お前さんが【テイマー】としてこの首輪のことを知らないとは思わなかったしな」
「すみません。無知でした」
「いや、いいってことよ。というか、これもこちら側の不手際のようなものだ」
そして今回ゴブハルトがゴブリンオーガというクラスへと進化したことで、もしかすると街の結界が反応するのではないかとギルドマスターは言う。
確かに弱い魔物には効果のない結界ならば、どう見ても強い魔物と化したゴブハルトは引っかかるかもしれない。
それにゴブリーナとゴブシェラの二匹もこの先進化すれば、引っかかるようになってしまうだろう。
他のゴブリンたちにもこの先進化すれば、その可能性はあるが、流石にギルドマスターも百以上もの首輪は用意できないと苦笑いをしていた。
「今回は色々こちら側も迷惑をかけたことだし、その三つはプレゼントするよ。だが、本来首輪はタダじゃない。お前さんのゴブリン全てに首輪を用意するとなると、かなりの金額が必要になるだろうよ」
通常の【テイマー】なら、多くて数匹しか使役魔物はいない。
なので、元々大量生産されているものでもないらしい。
「そうですね……。それじゃあ、この三匹以外は進化しないように命令しておきます」
「ああ、できるのであれば、それが良い」
「できると思いますよ。繁殖も今は禁止させてますし」
僕はテイマーバッグに手を当て、中にいるゴブリンたちへ向けて『お願い』を魔力に込めて送り込む。
するとテイマーバッグからゴブリンたちの了承の意が伝わってきた。
このバッグの中の魔物との意思疎通は【テイマー】スキルを持つ者しか分からない感覚なのだと思う。
「これでよし、と。……それで、話はこれで終わりでしょうか?」
「そうだな。正直言って、お前さんのそのスキルは異常だということだけは分かった」
「僕もそんなに他の【テイマー】スキルと違うとは思ってませんでしたよ」
「あとは……お前さんが常識的なことも全く何も知らないってことがな」
ギルドマスターは少し笑い、応接室の出口を顎で示して告げた。
「この部屋を出て、左に二つ目の部屋が資料室だ。そこでルーリがお勉強の準備をして待っているはずだ。行ってこい」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ、ゴブハルトたちも一緒においで」
『『『ゴブブ!』』』
そうして僕は応接室の出口でもう一度中にいるギルドマスターに頭を下げると、ウキウキとした気分でルーリさんの待つ資料室へと向かったのだった。