第1話 ゴブリンテイマー、冒険者になる
「えっと、エイルさんでしたか。あなたのスキルは……えっと……【ゴブリンテイマー】ですか?」
受付のお姉さんが少し困惑した表情で確認してくる。
彼女の制服にはシンプルな「ルーリ」という名札が付いていた。
僕は頷き、声を小さくして答えた。
「はい。僕のスキル名は【ゴブリンテイマー】です」
ギルドの登録窓口で僕は体を縮こませるようにして、自らのスキルを告げた。
朝早い時間を狙ってギルドに来たのは、こういう反応を予想していたからだ。
だが運悪く、申請書を書き終えたちょうどその時、冒険者の一団が大きな声で笑いながら入ってきた。
受付のルーリさんは僕の返事を聞いて目を丸くした後、もう一度確認するように尋ねた。
「えっと……【テイマー】ではなく、【ゴブリンテイマー】なのですか?」
「そうです。僕のスキル【ゴブリンテイマー】は、ゴブリンしかテイムできない【特殊スキル】なんです」
僕の言葉が響いた瞬間、ギルド内の喧騒が一瞬で静まり返った。
その沈黙は長くは続かなかった。
「おいおい。【テイマー】なら知ってるが、テイムできる魔物を限定したスキルなんて聞いたことねぇぞ」
最初に声を上げたのは、今しがた入ってきた冒険者の一人だった。
銀色の鎧に身を包み、背中には巨大な両手剣を背負っている。
「そうだな、俺も知らねぇ。しかもそこらの赤ん坊より弱っちいあの最弱種族のゴブリンだけしかテイムできないスキルなんて、何の役に立つんだ?」
続いて声を上げたのは、赤い魔導士のローブを着た青年だった。
「そんなのテイムしても、すぐ死んじゃうんじゃないの?」
今度は優雅な身のこなしのエルフの女性が、腰に下げたいくつもの短剣を揺らし、わざとらしく肩をすくめながら言った。
「それにあんなひょろっちい奴が冒エン者になれるわけないだろうが。ゴブリン共々、すぐ死んじまうんじゃねぇか?」
太い腕に鉄のガントレットを嵌めた男が、僕の体格を見下すような目で見ながら続く。
「そうよねぇ。せめて他に使える【スキル】があるならわかるけどぉ。【ゴブリンテイマー】だなんて、笑っちゃうというか、悲しくなっちゃうわ」
最後に、白い僧侶の服を着た女性が、本当に悲しそうな顔で眉をしかめた。
「それって【特殊スキル】じゃなくて、【ハズレスキル】の間違いじゃねーのか」
彼らの言葉にギルド内にいた他の冒険者たちも、同調するように笑い声を上げた。
僕は彼らの正体を知っていた。
【荒鷲の翼】――この街で最も有名なSランクパーティだ。
本来なら彼らのような高位冒険者が、僕のような駆け出しに興味を示すことはないはずだった。
僕は目を伏せ、黙って申請書を握りしめた。
彼らの言葉は耳に痛かったが、驚くほどのことではなかった。
この世界での「ゴブリン」の評価は、僕が知るよりもずっと低かったのだ。
「みなさん、失礼ですよ」
ルーリさんが冷たい声で彼らを叱った。
彼女の目には怒りの光が宿っていた。
「大量の魔物を倒して高揚しているのはわかりますが、新人への態度はそれではありません。このままだとギルドマスターに報告します」
だが、高級なワインの香りを漂わせる彼らは、既に朝からかなり酔っていたようだ。
それに加えて大きな討伐依頼から戻ってきた高揚感もあるのだろう。
彼らは全くルーリさんの言葉を聞き入れる様子を見せなかった。
「やめとけやめとけ。ゴブリンしかテイムできないような奴が冒険者になんてなっても、すぐ死ぬだけだって言ったろ」
「ゴブリンなんて子供にも倒される最弱魔物じゃ、何もできやしないのはわかりきってるからな」
「そうよね。むしろ一緒にパーティを組む子たちが可哀想だわ」
「田舎にでも帰って、畑でも耕してた方がいいぞ」
僕は黙って彼らの言葉を聞いていた。
反論したところで、彼らは聞く耳を持たないだろう。
それに彼らの言うことが間違っているわけではない。
この世界では「ゴブリン」は、確かに最弱の種族とされていた。
「彼らは後でギルマスに報告して、きつく叱ってもらうからね」
ルーリさんが小さな声で僕に言った。
彼女の表情には申し訳なさが浮かんでいた。
「いいんですか?」
「報酬をもらってすぐの冒険者ってね、どうしても緊張から解放されて、ああなっちゃうの。だからそういう冒険者にお灸をすえるのは、ギルドマスターの仕事なのよ」
そこまで口にしてから、ルーリさんは僕以外に聞こえないような声で囁きかけてきた。
「それにね、あの人たちがああ言うのは、あなたを心配してのことなのよ。口が悪いのは冒険者だから、許してあげてね」
「そうなんですか?」
「ええ。特に少し前にも、新人冒険者が簡単な依頼で命を落とすことがあって……」
ルーリさんの言葉を聞いて、僕は少し納得した。
彼らの言葉は荒っぽかったが、彼らなりの心配だったのかもしれない。
しかし僕には、彼らが知らない秘密があった。
「僕なら大丈夫ですよ。この街に来る前にゴブリンたちと共に、たくさん訓練を積んできましたから」
僕はそう言って再び申請書をルーリさんに差し出した。
「だから、冒険者登録をお願いします」
ルーリさんは少し迷った様子を見せたが、最終的には小さく頷いた。
「わかりました。では、冒険者ギルドへようこそ、エイルさん」
彼女の言葉に僕は小さく微笑んだ。
この世界では誰もが「ゴブリン」を最弱と考えているが、僕にとってのゴブリンは違った。
僕の【ゴブリンテイマー】というスキルは、他の誰もが知らない可能性を秘めていたのだ。
そしてやがて、その事実をこの世界に知らしめる日が来るだろうことを、この時は誰も思いもしなかった。
読んでいただきありがとうございます。
できれば次話に行く前に評価をいただけますと、作品更新のモチベーションが上段みたいに上がるのでよろしくお願いいたします。