5コ目 「?いいよ。」なトコ
やっとヒロインにまともな会話をさせた。
「あのさっ」
頭まで振ってノリノリだった藤宮は、その動きを止めて、左のイヤホンは嵌めたまま、右のイヤホンを外す。
目が合う。
前と同じようにその綺麗な瞳で、まっすぐに僕の瞳を捉えてくる。
僕はすっかり萎縮してしまい、今すぐこの場を離れたい衝動に駆られ、目を反らしかけて思い止まる。
僕は藤宮のことを「知る」んだ。ここで逃げたら意味がない。
心を落ち着かせ、一呼吸置いて、
「なんの曲、聴いてるの?」
言えた。あの時言えなかったこと。
そのことに一安心してしまう。もう乗り越えるべきものは乗り越えた。そう思っていたから、藤宮から返ってきた言葉に僕は、頬を引っ叩かれたようなショックを受けた。
「ええと…君、名前、なんだっけ。」
いや、隣の席の人の名前ぐらい覚えとけよ!
「いや、隣の席の人の名前ぐらい覚えとけよ!」
まて、まず隣の人として認識されているかどうかも怪しいか?
「ごめん」
憤っている僕とは正反対に、冷静な藤宮の謝罪を聞いてはっと我に返る。つい、いつも心の中で思っているテンションのまま口に出してしまった。
「あっ、いや、ごめん。こっちこそ急に」
藤宮は学校の有名人で、僕は陰キャぼっち。今こうやって話しかけられたのはただ、蓮に背中を押されたからで、こんなに馴れ馴れしそうに彼女と話していい立場ではないのだ。
ただ、好きな音楽を尋ねるだけ。親しく話してはいけない。
「ええと、僕は中谷恭介といいます。」
「藤宮詞月です。」
知っとるわ!あんたどんだけ有名人だと思ってるんだよ!
頑張って口に出さないようにする。
「えっと、なんの曲を聞いているか、だっけ」
話戻るんだ。
僕はそのスピード感に戸惑いながらも、なんとかう、うん。とだけ言う。
すると藤宮は手に持っていた右耳用イヤホンを差し出して
「聴く?」
えっ、と僕は言葉に詰まる。そんな僕を藤宮は不思議そうに見上げる。
「…いいの?」
「?いいよ。」
あっちにとって僕はほぼ初めましてなんだよね?距離感おかしいと思うのは僕だけ?
藤宮の手の中でイヤホンは、窓から差し込む日光を反射させて白く光っている。
「じゃあ…」
僕は恐る恐るイヤホンを受け取り、右耳に嵌める。すると聴こえてきたのは―
そして輝くウルトラソウル
「HEY!」
高らかにそう叫んだ藤宮は、また頭を振り始めた。
さっきHEY!はこれのHEY!だったのか…
それにしてもウルトラソウルか…いや名曲だけど。
こんな美少女が昼休みに聴いてる曲がウルトラソウルなんて誰も想像できないだろう。そういえばうちの学校、校内スマホ禁止だし。
「名曲だね」
色々言いたいことはあるが、それだけに留めておく。馴れ馴れしく、しない。
「最高よ。」
頭を振ったまま応える藤宮。
「にしても肝が据わってるよね。うちの学校スマホ禁止なのに。」
「校則違反はしてないよ?」
「え?」
藤宮は頭を振るのを止めて、左ポケットに手を伸ばす。そして取り出したのは、
「テッテレー音楽プレーヤー」
ドラ○もんの真似うまっ。
「私、校則違反はしないように心掛けてるから。」
なんだそのこだわり。
「音楽プレーヤーも校則違反じゃないんすかね…あと前にドローン飛ばしてたりもしてましたが…」
「校則に、『音楽プレーヤーでもダメ』とか、『ドローン飛ばしたらダメ』とか書いてる?」
「いやめんどくさ!」
僕は頭をかかえる。
「そんなんでいちいち校則作らないといけないのなら校則滅茶苦茶長くなるじゃん!」
「なるほど、憲法がやけに長いのって、そのせいだったのか。」
「いや、どこで合点がいってるのよ!」
はぁ…。溜め息しかでない。
初めてまともに話してみた藤宮は、想像以上に変人だった。
「はぁ…。」
「フフッ」
「なに笑ってるのさ」
「いや、その感じ。」
うん?
「さっきとは全然テンション違うから」
あ―
忘れてた。つい、また、心の中のテンションで話してた。
というか、僕たちは今がほぼ初対面なんだし、何よりも立場が―。
僕はゆっくりと視線を下げる。
「ごめん。藤宮と僕なんか、釣り合わなすぎだよね。馴れ馴れしくしてごめ―」
「いや。」
少し力のこもってたその否定の言葉に、僕は反射的に顔を上げる。
目が、会った。
「こっちのほうがいいよ。」
彼女の笑顔が、とても眩しかった。
「…いいの?」
「?いいよ。」
白く光るイヤホンよりも断然、眩しかった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
本編、始まります。()