4コ目 「HEY!」なトコ
ようやく主人公にまともな会話をさせた。
集合場所である中庭のベンチに着くと、もうすでに彼はいた。
「お、恭介。お疲れー」
「お疲れ、蓮」
水鏡蓮は僕の数少ない―この学校ではたった一人の友達だ。
小学校の頃からやっている水泳では数々の賞を獲得、さらに成績もいつもトップクラス。(ちなみにトップは藤宮である)それに加えて、誰にでも優しいときた。こんな完璧なやつがいるか?!と思うほど、完璧な人間。
中学校が同じで、その頃の僕に「お前面白いな」と声をかけてくれた、唯一の人間。
スポーツ推薦が来ていた蓮と、地元から出来るだけ離れたかった僕の選んだ高校がたまたま一緒だった。クラスが離れて、蓮は人気者の筈なのに、時々こうやって僕を昼ごはんに誘ってくれる。
「最近どう?」
「まぁ、ぼちぼち。」
「お前それしか言わないよな」
そう言って蓮は弁当のコロッケをかじる。うまいーと言う。いつも。
そんな風に食べてくれたら親も喜ぶだろう。反抗期とかあるのかなこいつに。
「けどぼちぼちって言う割には、なんか機嫌良くないか?何かあったか?」
「え、なんでそう思うの」
「なんとなく」
僕は弁当のウインナーをかじる。うまそうだなーと蓮は言う。いつも。
「その、何かあったって訳じゃ無いんだけど、最近、藤宮と隣の席になって」
「藤宮って、あの藤宮詞月?」
「そうその」
「あいつだいぶ癖があるって噂だけど、そうなのか?」
「うん。なかなか」
授業中テ○リスしてそれをディスプレイに繋げたり、ドローン飛ばしてテニスボールをとったり…
僕が何か言う度に蓮は「ええー?!」とか、「まじで?!」とか、大げさな反応を見せる。けどそれが彼の素の反応であることは見て分かる。
こういうところが、蓮が人気がある理由なんだろうな、とか思いながら僕は続ける。
「そのせいで授業に集中できないし、ほんと迷惑でさ」
「けど迷惑って言う割には、恭介今楽しそうに喋ってたぞ。」
「え。」
藤宮のことを話す僕は、楽しそう…?
「きっと藤宮のことを見るのが、楽しいんだな。」
見るじゃなくて観るだけどな…観察とほぼ変わらない。
「楽しい…かは、分からないけど」
けど…
「藤宮をもっと…知りたい、かな」
彼女は何が好きで、何が嫌いで、何に怒って、何に笑うのか。もしかしたらこの前感じた物足りなさは、このせいだったのかもしれない。藤宮を知ろうとしなかった自分への、物足りなさ。
「そうか。」
「うん。」
「珍しいな。あのお前が他人に興味を持つなんて。」
あのお前―
『気持ち悪い』
蘇ってきた言葉に、僕は固まる。
「ああごめん。まだだめだったか。」
そんな僕を見て察したのか、蓮は申し訳なさそうに言った。
「いや、いいんだ。そんな感じで続けてくれ。」
「わかった。」
ふー。と僕はため息を吐く。まだ時間はかかりそうだ。
「戻るけどさ。お前は今、藤宮のこと、どれだけ知ってるんだ?」
「頭がいい、顔がいい、癖がある…」
「そんなの誰でも知ってる基本情報だろ」
「…」
喋らなくなった僕に、今度は蓮がため息を吐く。
「お前なぁ、自分から知ろうとしないと、何も知ることが出来ないんだぞ。」
「けど…」
「大丈夫だ。自分のことを知りたいと思われて嫌な人なんて、そうそう居ないぜ。」
蓮と別れ、教室に足を踏み入れた瞬間、
「HEY!」
と叫ぶ声が聞こえた。
声が聞こえてきた方を見るとそこには、イヤホンを光らせて頭を振っている藤宮が居た。ノリノリだった。
僕は思わず苦笑して、それから、充分に息を吸い込む。
自分から知ろうとしないと、何も知ることが出来ない―
僕は藤宮の席、つまり僕の隣の席まで歩いて行き、口を開いた。
「あのさっ」
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今からが本編かもしれない。