2コ目 「ドヤ」なトコ
連載って大変ですね。
これもまだ、僕と藤宮が親しくなかった頃。
僕は次の授業の準備をしていた。
「ええっと次は…国語辞典が必要か。」
後ろの棚に置いてある国語辞典を取りに、席を立つ。
「昨日また『テニスの木』に実をつけちゃってさあ。」
「何個目だよ。」
「やっぱあれ場所が悪いよ。」
「それは分かる。あの木切れないのかな。」
部活に入ってない僕でも、その木のことはよく知っている。
『テニスの木』。それはテニスコートの後ろにあり、その立地に合わせて細かい枝が無数に伸びるため、飛んできたテニスボールをことごとく収めている木だ。
黄緑の実がたくさん成っているように見えるから『テニスの木』と言われている。ちなみに落ちてきたボールを『テニスの実』、そのテニスボールをとることを『収穫』と呼んでいる。
けどそんなことはいいから僕の棚の前から早くどいてくれないかなぁ。
それを口に出す勇気は出ず、後ろの掲示を眺めてるフリをしていた。
やっと国語辞典を確保し、席に戻ってくる。
「「よし。」」
声の聞こえた方を見る。
隣の席の彼女は、開け放った窓の縁に、ドローンを置いていた。
両手サイズのそれは、太陽からの光を受けてその黒いボディを輝かせていた。
よくそんなにバランスよく置けるな、と感心しかけて、いやいや普通になにしてんだこいつ。
「先生来たぞー。」
廊下側の席の生徒が叫んで、みんなセカセカと席に戻る。
「じゃあ行け!」
藤宮がリモコンを手に取ると、ドローンの四本足それぞれについたプロペラがゆっくりと回り始める。びっくりするほど音がでない。そしてプロペラは段々速くなっていき、ついに青空へ静かに飛び込んだ。
と同時に先生が教室に入ってくる。
「起立、礼。」
「お願いします。」
教室がやる気のない声で満ちた。
最初は授業に集中しようとしたけどやっぱり、ドローンが気になる。
欲に負けて盗み見た藤宮は、窓ではなく机に立てて置いてある教科書を凝視している。おいおい、どうやって操作してるんだよ。僕は角度を変えて、教科書を覗き込む。すると教科書の真ん中にキラキラ光るものが見えた。
それは鏡だった。手鏡にしては少し大きいその真ん中に、バッチリとドローンは写っていた。鏡だから右左反転して操作しないといけないのだろうに、藤宮は器用に右へ左へ上へ下へとドローンを動かす。すげー。神業だ。
ドローンは今はもう、窓から離れたところを浮いており、先生から見たら小さいカラスかなんかにしか見えないだろう。
そしてそれはテニスコートの方に向かっていき、『テニスの木』の真上でプカプカと止まった。そしてパカッと腹の部分が開いて、ナニカが伸びてくる。それは…
「っ…!」
なんの変哲もないただの棒だった。
なにか凄いものを想像してた僕は少し気落ちする。しかし、本体の倍くらいの長さがあるそれをどう使うのかと見ていると、ドローンはそのまま降下した。棒が木の中へズブズブと入っていく。
なにやってるんだと思ったと同時、木の下から黄緑のテニスボール―『テニスの実』が一つ、ボトッと落ちた。そう。彼女はいわゆる『収穫』をしてたのだ。
果たしてこれはいいことなのか悪いことなのか…僕が頭を悩ませてる横で、藤宮はいつになく集中してドローンを操作する。一つ、また一つとテニスの実は落ちる。そうして目に見える全ての『実』を『収穫』した。
僕は途中からすっかり見入ってしまい、もはや応援してしまっていた。そんな僕にとっくに気がついていたのだろう。最後の一つが落ちると藤宮は急に僕の方を向いて、Vサインを送ってきた。その顔は「ドヤ」と言っていた。それはもうめっちゃ。
僕は慌てて、教科書に目を落とす。それでもその顔は、脳にこびりついて離れなかった。
「あれ、なんかテニスの実たくさん落ちてね?」
「え、ほんとだ。なんでだろ。」
「風が強かったんじゃね。」
「えー、けどそんなに落ちる?」
「うーん。」
それを聞いて思った感情が「誇らしさ」だったことを、僕はまだ分からなかった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。