14コ目 「自称。」なトコ
このスペースに何書けばイイのか分からない…
「あ、中谷くん。おはよう。」
「おはようって、もう午後なんだけど…」
朝からずっと寝ていた藤宮は、五時間目の授業が終わった休み時間にようやく目を覚ました。まだ眩しい午後の光を放つ外では、同じ体操服を着た生徒達が気怠そうに、続々とグラウンドに集まってきていた。
そんな窓からの陽射しを受けて、寝起きの彼女はふわぁと欠伸を噛む。
「そうなんだ。じゃあおそよう。」
ここで「おそよう~!」と返せる程僕は切り替えが早くない。というか、今日も最後の授業まで目を覚まさないのかと思っていたんだが。
呆れてる僕を他所に藤宮は言った。
「ところで、次の授業の教科書忘れちゃったんだけど、見せてもらっていい?」
僕はその言葉に眉を顰める。
忘れただと?おかしい、おかしいぞ。
傍から見ると、ごく普通の頼みに聞こえるだろう。しかし、相手が藤宮となるとそうはいかない。
普段授業中ぐっすり寝ている彼女が、教科書を使っている場面なんて一度も見たことがない。机の上に置いてあるのは時々目にするが、それはよく見ると一時間目から七時間目まで全く一緒だった、なんてこともある。
つまり、忘れようが忘れまいが、彼女にとって教科書は必要ないということだ。
それが今回、「忘れたから見せてほしい」だと?
僕は探りを入れるために聞く。
「いいけど、次の授業なんだっけ?」
「えっ!?えっ、えーっと、それは…ね、」
慌てて黒板横の時間割り板を確認する藤宮。
…怪しい
「お前、絶対なにか企んでるだろ」
「いやぁ、べつに?何も企んでないよ?」
藤宮は口を尖らせて口笛を吹こうとするが、ふゅーふゅーと乾いた音しか鳴らなかった。藤宮は口笛が出来ないという新事実を知ったが今はそれどころではない。
「また僕だけ怒られることがあったら今度こそ許さないからな!」
「ダイジョブダイジョブー。あっ、せんせ~!」
藤宮は教室に入ってきた英語科の女教師の元へ行き、「教科書忘れたので隣の中谷くんに見せてもらいます」、そう平然と言う。そして許可を貰うと、意気揚々として席に戻ってきた。
「忘れたから、見せてもらっていい?」
その笑顔が「もう逃げられないよ?」と言ってるように見えた。いや、絶対言ってる!
僕はため息を吐いて、もう一度彼女のその顔を見て、結局、自分の机を持ち上げる。こう毎回毎回、抵抗虚しく藤宮の思うが儘になってしまう。けれど、どこかでそれを待ち侘びている自分がいるから、いつまで経っても断ることが出来ないままなんだ。ということに、薄々気が付いてきていた。しかも、
「中谷くん、よろしくね」
隣に座る藤宮。その距離が今はちょっと近いな、と、やっぱりどうしても意識してしまうのだ。
「えー、ここでいうskipとは、欠席する、ずる休みする、という意味ですが、意味をちゃんとアンダースタンドしていれば、この例文、She is skipping class.は、彼女は授業をサボっている、と訳せるわけですね。このように、英語を和訳するときにはその人のセンスが試されているわけで―」
熱弁を振るう先生には目も暮れず、藤宮は鉛筆と定規を丁寧に使って、机の上になにやらマス目を書いていた。今までにない程真剣な表情で筆記用具たちを扱って正確に線を書いていく。
その集中ぶりに暫く黙って彼女を見守っていたけど、いや普通になにやってんのこいつ。案の定教科書見てねぇし。
中谷くんの机も借りるねーと言って、くっつけた僕の机の方にもます目を広げてきて、なにしてるのか聞いても、まあまあ、ってはぐらかされる。
そうして縦8マス、横8マスが綺麗に僕たちの机の真ん中に出来上がると、藤宮は一度満足そうにそれを眺めて、なにやら自分の鞄をがさごそ。そして取り出したのは…
「っ…!」
ジップロックに入ったたくさんの消しゴムだった。
なんかもっとこう、また校則違反的なナニカを持ってきたのかと思っていた僕は少し拍子抜けする。
しかしマイペースな藤宮は隣の拍子が抜けてようが気にしない。ジップロックの口をガバッと勢いよく開けて、ばらばらと消しゴムを無造作に机の上にばらまいて、そこでやっと彼女は僕に目を合わせた。
「中谷くん、100円ショップとかに『切れ端消しゴム』って売ってあるの知ってる?」
切れ端消しゴム?
「いや、聞いたことないな」
すると藤宮はふっふーんと自慢げに腰に手を当ててから言った。
「切れ端消しゴムっていうのは、こんな風に袋詰めで100均とかに売られてて―あ、このジップロックは買い集めた切れ端消しゴムを私がまとめたんだけど。で、どうしてこんなにたくさん入ってて安いかというとね、それはこの消しゴムたちは実は、消しゴムの製造過程で出る副産物、つまり『切れ端』ってわけなのさ!」
テンション高く、藤宮は続ける。ちなみに授業中なので一応小声である。
「消しゴムの切れ味―消し味には全く問題がなくて。けれど形や大きさがバラバラだからってだけで、この『切れ端』たちは本来だったら廃棄される予定だった。だからこんなに安いんだけど、私たちが使う消しゴムを今からでもこれに変えれば、ほら、環境保全に役立っていると思わない?SDGsじゃない?3Rでいったらリサイタルに当たるし。」
「それを言うならリサイクルな。」
藤宮の変な発言は置いといて。
切れ端消しゴム、確かにいい商品だな。実用的でかつ環境守っている感があるし、なにより安いっていうのがいい。今度僕も探してみようかな。
ただ、一つだけ気になったのは…
「おまえ、『形や大きさがバラバラだった』って言ったか?とてもそんな風には見えないんだが」
そう、藤宮がばらまいた消しゴムたちはどれも、同じ形で同じ大きさだった。ほぼ正方形で、大きさはちょうど、藤宮が書いたマス目にピッタリぐらいの…
「あ、それは今からオセロするから。」
おいいいいいい!
「おい!おまえ今一瞬で矛盾したぞ!消しゴムに使わなけりゃ意味ないだろ!」
「全部同じ大きさに切り揃えて片側を黒く塗るの、大変だったなあ」
それは思ってたよ…さっき机にばらした時に白色と黒色が混じってたもん…何でだろうなって、思ってたよ…
「ということで、この消しゴムたちとこのマス目を使って、オセロ始めまーす。」
だから『教科書忘れた』って言って、机をくっつけさせたのか…
僕は呆れてため息を吐く。けれどもう一人の僕が囁く。これが、お前の待ち侘びていたことだぞ。と。
「にしてもなんでわざわざ消しゴムでやろうとすんですか…」
「ちゃんと授業受けてるフリはしないとねー」
「授業中にやんなければいい話じゃん…」
「さも消しゴムを使ってるだけように、サモフラージュするのさ!」
「引っ張られて間違ってますよ!?」
「じゃあ、あたかも消しゴムを使ってるだけのように、カモフラージュするのさ!」
「引っ張られてる…けど間違えてない!?いや、もしかして本当はそれが起源なのか…?」
「いや、カモフラージュはフランス語だからそれはないよ。」
「…」
「てかカモフラージュして騙そうとするのは詐欺師なのに、なんで鷺じゃなくて鴨なんだろうね」
「もう早くやろうぜ!」
…あ
藤宮はニヤァと笑った。
「やろーね、中谷くんっ」
悪魔的な笑みを浮かべて、見たことない真四角のオセロの石(消しゴム)を半分に分ける藤宮。
僕は今日何度目か分からないため息を吐いてからそれを受け取った。
「言っとくけど、僕、まあまあ強いからね」
「私だって、角取りの貴公子って呼ばれてるから」
「誰に?」
「自称。」
「自称かよ!」
こうして俺と藤宮のオセロが始まったのだが…
「う、嘘だろ…」
始まって数分、盤(机)上のマス目には、石を置くことの出来るマスは一つもなかった。
そして、僕の白色はどこを探しても全く見つからなかった。
黒く染まった机を暫く呆然と眺めた後、マス目を避けて机に伏して笑っている隣に目を移す。
「中谷くん、途中で『はい俺の勝ち』とか言い出すから、なんだと思ったら、ルール、五目並べと勘違いしてたとかっ」
「オセロと五目並べって一緒じゃないのか…?」
「んなわけないでしょう!じゃあひっくり返されてる時どう思ってたの?」
「高度な技術かと…」
「裏に違う色がある石のことは?」
「高級な石はそうなのかと…」
「これ消しゴムだよ!?」
プルプル震わせている肩は収まる気配がなかった。
「くそう…もういっか―」
「聞いてませんでしたか?ミスター中谷!」
いつの間にか指名されていたみたいで、僕は慌てて返事をして起立する。
「もう一度言いますからね。 I want to make sure if it's true or not.この文を和訳してください、オーケー?」
お、おーけー。と言ったはいいものの、内心すごくテンパっていた。
えー、ここでのifは「~かどうか」って意味だから、true、「真実かどうか」って意味になって…えー、make sureは「はっきりさせる」って意味だから、えー、
オセロが目に映った。
「真実かどうか、白黒つけたい。…です。」
引っ張られたーー!オセロにー!焦りすぎて合ってるかどうか分からない訳し方になってしまったー!
「ブ…」
絶対怒られる…
「ブラボー!!すばらしい和訳です!ユー、なかなかグットなセンスをお持ちですね!シットダウンしてよろしい。」
お、おう。せ、せんきゅー。と言いながら腰を下ろした。
顔の見えない隣のお方のお肩は、取れてしまうんじゃないかと思う程プルプルしていて、その授業中、止まることはなかった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
肝心のオセロの場面が少ないけど、まぁ二人の会話が書きたいのでヨシとしましょう。




