10コ目 「それ、きらい。」なトコ
10話も書いてんのか…ぼちぼちと
朝。
自分の教室に足を踏み入れようとして僕は、いつもと違う光景を見た。
僕の隣の席に、藤宮が机に突っ伏して寝ている、それはいつも通りだが、今日はそこにもう一人の姿があった。
えっ、誰?
僕は咄嗟にドアの陰に隠れて、そこから慎重に顔を出してその人物を見る。
藤宮が伏しているその机に、横向きで座って藤宮に話し掛けている男がいた。
そう、男だった。色白で華奢な体つきだが、髪は短いし、なにより男子の制服を着ている。
ナンパ…ではなさそうだった。根拠はないが、藤宮に向けるその笑顔は、ナンパの胡散臭いそれではない気がする。いや、ナンパなんて見たこともされたこともないから、根拠にならないのだが。
…彼氏かな
藤宮にあんな親しそうに笑いかける人なんて、今まで見たこと―
いや、あった。一度だけ見たことがある。まだ僕が藤宮と喋ったことが無かった頃。あの時も今と同じように机に座って、藤宮と親しそうに笑ってて…
微かな記憶の中の画像と、今目に写っている光景がピッタリと重なった。
ああ、やっぱりあの男だ。ナンパじゃない。じゃあやっぱり彼氏だ。…まあ、不思議じゃない。あんだけの「美少女」、彼氏の一人二人、三人四人いても不思議じゃない。いや、流石に多すぎか。
僕はそっと、重いリュックを背負ったままその場を離れる。
けど蓮は朝練だし、行く場所なんてない(他クラスに友達なんて居ない…というかまず同じクラスにも居ない)から、取り敢えずトイレへ入る。リュックを背負ったまま小便器に向かってる姿は、居合わせた人たちに「よほど登校中我慢してきたんだな」と思われるだろうが仕方ない。
チビチビと流れる自分の小水をぼんやり眺めながら考える。
もし本当に彼氏なら…僕、邪魔者だよな。曲がり…ひん曲り形にも、最近は藤宮と関わることが増えたし…これからは距離とって…あまり親しそうにならないよう、気を使って…はぁ。
チャックを閉めながら小便器を離れる。シャーと音を立てて勢いよく出てきた水が、汚れた便器をサラサラと洗い流していく。
ひとまず、自分の席に座ろう。それくらいは何も問題無いはずだし、隣で何を喋ってたって気にしなければいい。そう。気にしなければ…
はぁ…
僕は決心してトイレから出て、自分のクラスへと足を進める。入り口の前で一度深呼吸してから教室に入り、いつも通りの雰囲気を装って教室の後ろ隅―自分の席へ向かう。
そう、何もかもいつも通りだった筈なのに、その男は、僕が近づくと話をピタッと止めて、僕の方へ視線を向けた。そして僕が席に着く間、ずっとジロジロ僕のことを見ていた。
な、なんだよ。僕に気にせず話しとけばいいじゃん、そうすれば僕だって、気を使わずに一時間目の準備とか…一時間目の準備とか、出来るのに。話さなかったらさ、なんか逆に気まずいじゃん。
そうウダウダ考えていたら声を掛けられた。
「おい」
「はい!なんでしょうか!」
僕は電池の切れかかったおもちゃみたいにギミギミと首を回して左隣を見る。
その男はじっと立って僕のことを見ていた。
「お前、名前は?」
ひいぃ。僕、今から怒られる?何か悪いことしたっけ?それか、「こいつ(藤宮)は俺の彼女だから手を出すなよ」って釘を刺される?いやだ!どこに刺すの!目?それとも口?怖いし絶対痛い!…っていや、比喩か。
「は、はい。中谷恭介と申します」
そう言った瞬間、その男は僕の机に両手をバンッと叩きつけ、ぐいっと顔を寄せてきた。
「お前が中谷か!?」
僕は驚いて反射的に身を引く。間近で見るとその男の顔はよく整っていて、まるで―
「え、えっと…」
「ああ、他人に名を尋ねる時は自分から、という決まりがあるのにいきなりすまんかったな。俺は8組の高階桜。性別は女だ。」
そっか。髙階さん。8組ってことはここ1組から一番遠い…ん?
「女?!」
多分今までの高校生活で一番大きな声だったと思う。
「からだの性は女で、こころの性は男だ。」
そうか、だからさっき、男、というより女の面影を感じたのか…LGBTQ、というやつか。会うのは初めてだ―
そこで僕は思い出した。
前、LGBTQに関するテレビ番組を見た時、僕は思ったじゃないか。『もし実際に会ったら、他の人と同じ様に、特別視せず、接してあげよう。』
なのに今、髙階さんが女だと知って、僕は過敏に、過剰に反応してた。そのことで髙階さんを傷つけてしまったかもしれない。し、結局僕はそこまでの人間だった、ということだ。客観的に見てる時だけ綺麗事を吐いて、当事したらそんなこと、微塵も考えないで行動、発言してしまう。一番ださい人間。
頭をでかいハンマーで思いっきり叩かれたようなショックと、そのハンマーに毒が塗ってあったかのようにモヤモヤとダメージを与える自己嫌悪とで、僕はすっかり黙りこくってしまった。
「まあ、そういう反応になるよな。大抵の人間はここで俺と距離を取ろうと考える。中には直接差別的な言葉を投げた人も居た。」
あ―
髙階さんは、僕が、髙階さんが女だということに対して、驚き戸惑って黙ったのだと思ってる。僕が、かつて髙階さんに酷い言葉を言った人たちと一緒だと。…本当は、自身の醜さについて落ち込んでいたのに
「あっ、いや、ちが―」
「いいよ、大丈夫。慣れてるし」
そう言ってフッと笑う高階さん。
大丈夫、な訳、ないだろ。その寂しげに逸らされ、伏せられた目を、僕は知っていた。自分が自分らしく居たいだけなのに、自分のどこが悪いのか分からないまま、相手から蔑まれ、距離を取られる、その気持ちを。僕がテレビ番組を見て、どうしてあんな風に思ったのかを。
またウダウダと考えて、髙階さんの誤解を解くことが出来ないでいると、藤宮が目を覚ました。
「ん…、桜。おはよう。あ、中谷くんも。えっと、こちらは髙階桜っていって―」
「「いやもうそれ終わったから」」
二人に突っ込まれて藤宮は「そうなんだ。よかった」
「お前が寝てる間、俺ずっと一人で喋ってたんだからな。」
えっ会話してなかったんかい。藤宮は「ごめん」
「まあ、俺は髙階桜。LGBTQで言うと、Tのトランスジェンダー、に当たるかな。」
「それ、きらい。」
呟くように、けれどもはっきりとよく通った声で藤宮は言った。僕が今まで彼女と接してきた中で、これまでにない真剣なその声に、僕は少し驚いた。
「『LGBTQを差別しないようにしよう!』とか言っといて、だったらそんな言葉造らなければ、付けなければいいのに、なんでわざわざ特有の呼称を持つ必要があるの。皆、同じ人間ってだけでいいじゃん」
僕はその言葉に息を飲む。
「まあまあ。そのお陰で俺たちの存在が知られていってるんだし、本人たちが納得してるならそれでいいんじゃない」
「それはそうなんだけど…」
未だ不服そうな藤宮をまあまあと抑え込んで髙階さんは僕に笑い掛けた。
「詞月は最初からずっとこうでさ。初めて会った時―俺が、人生で一番きつかった時、声を掛けてくれたのが、詞月だった。」
かっけえ
素直にそう思った。
そうだ。僕は、こんな人に成りたかったんだ。綺麗事なんかじゃなくて、本気で、本音でそういうことが言える、人。
「だから、俺は詞月が、大事。大切な、親友。そんな親友が最近楽しそうに話す中谷、って人間がどんな奴か、気になったから来てみたけど、もし俺に会って不快な思いをさせてしまったら、ごめんなさい。」
違う―
傷つけられたのは、君で、傷つけたのは、僕だ。綺麗事しか吐けない、藤宮なんかには到底届かない、ださい人間の、僕。
「そろそろクラスに戻らないと。じゃあな、詞月、それと中谷くん。」
けど―
けれど、
そんな、ださい僕のままで居たくない。藤宮なんかに到底届かなくたって、少し足掻いて手を伸ばすくらい、成りたい自分に成ろうとする事ぐらい、
僕にだって出来る筈だろ!
「あっ、あの!髙階さん!」
教室の出口に向かっていたその背中が足を止める。ゆっくり振り向いて、『彼』は僕を見る。
「どうし―」
「僕!、一番ショックだったのは、髙階さんが女だったってことじゃなくて、髙階さんが女って知って、動揺した自分が、一番、情けなくてショックだったんです。僕が一番、ださい人間だったことに。だから…だから、髙階さんを傷つけてしまって、ごめんなさい。そして…もし、よかったら、こんな、ださい僕でもよかったら、また時々、話しに来て下さい。僕も、少しでも、ださく無くなるために、今度は高階さんを傷つけることが無いように、努力するから」
頭を下げる。伸びきって震える自分の足と指が目に映る。
「…桜でいいよ」
「え?」
顔を上げる。僕に向かってピースする、笑顔の、彼がそこには居た。
「これからよろしくな!恭介!」
そう言うと8組の方へ走って行った。
「ふぅ…」
崩れるようにして僕は椅子に座り机に倒れ込む。
よかった。言えたし、…桜は、認めてくれた。ほんとに、よかった。
「中谷くん」
机に伏したまま左隣に目をやる。
「桜のこと、受け入れてくれてありがとうね。」
「もしかして、最初から起きてた?」
「さぁ、どうかな?」
僕は苦笑して「まじかー」と漏らしてまた顔を机に埋める。
『皆、同じ人間ってだけでいいじゃん』
すげえな、この人は。
また彼女のことを一つ、知ることが出来た。そして、自分の情けなさも。
…頑張ろう。
この人と接するに恥じない、そんな人に成れるように。成るように。
頑張ろう。
「じゃ、お休み。」
「え、ちょ、今から授業始まるけど」
「…すー。」
駄目だこいつ。
僕は藤宮越しに窓の外へ目をやる。
太陽に照らされて青々と輝く葉を抱えるあの木は、桜だったっけな。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
桜くん。好いてやって下さい。




