9コ目 「ずるいぞ」なトコ
あーあー。絵が上手ければな~。
「ねえねえ、中谷くん」
一時間目の授業が終わって休み時間に入った時、隣の席の藤宮が話し掛けてきた。
「どうした?」
「S先生ってさ、『かも』って言葉が口癖だと思わない?」
S先生は僕たちの数学の先生だ。
藪から棒になんの話だと思ったが、言われてみれば、とすぐ納得した。
最近は藤宮のこの突飛な話にもついていけるようになってきた。けれど―
「S先生の口癖っていうなら、『わからない』じゃない?」
そっちの言葉の方がよく聞く気がする、と僕は思った。
「えー、そう?」
藤宮は共感してもらえなくてがっかりしたのか、少し顔を曇らせたが、すぐに顔を上げて、僕の目を見て、そして言った。
「じゃあさ、次の数学の時間、それぞれ口癖、数えとこう!」
そう言うや否や、藤宮は自分のかばんをがさごそ。取り出したのは―
「はい、カウンター。」
「…」
あの、道路脇で時々見かける、パイプ椅子に座っている人が手に持って、車見てカチカチやってるやつ…
「なんでそんなもん持ってるんだよ!」
「いやー、実は今日、中谷くんと一緒にS先生の『かも』の回数数えようと思って」
「そのためにわざわざ持ってきたの?!丁寧だな」
「ほんとは二人でチェックして、間違いがないか確認したかったんだけど」
「だから丁寧だなって」
「こうなったら仕方ない、中谷くんは『わからない』のほうを。私は『かも』を数えるから。」
「俺を勝手に巻き込むなあああ!!」
授業のチャイムが鳴ってS先生がのっそりと教室に入ってきた。
「いい?言ったとおりに。」
藤宮はそう言い残すと、自分の椅子に座り直して、カウンターを持った右の手を机の下に隠して、そして授業を聞く―フリにとりかかった。
まるで僕にもそうしろと言っているかのように。
はぁ…
こう毎回のごとくため息をつくけど、結局、藤宮の言う通りにしてしまうんだよなぁ。
それは僕が、藤宮との時間を、『楽しい』と感じているから。
藤宮のことを、もっと、『知りたい』と思うから。
「それじゃー、授業始めるぞー」
S先生がのっそり言って、僕は手の中のカウンターを握りしめた。
「みんな解いたかー。ここら辺の問題は次のテストに出す、かも―」
「きたっ」
隣でカチッと小気味悪い音が鳴る。見ると藤宮は「ほら、言ったでしょ」と言っていた。顔が。
くそぉと思ったのも束の間、続く先生の言葉は
「わからないからな。しっかり復習しておくんだぞー。」
だった。
僕は自分のカウンターを押す。カチッと小気味良い音を立てた。
隣は「くそぉ」と言っていた。顔が。
僕はドヤ顔を藤宮に向けたが、うまく出来ていたかは分からない。だけど藤宮は僕の顔を見て、悔しそうにまた黒板を向いたから、多分出来ていたのだろう。
S先生の授業は続く。
「ここは流石にテストには出さないかも―」
カチッ
藤宮はパッと表情が明るくなってこっちを見る。瞬間、
「わからないな。一応復習しておくように。」
カチッ
僕が見た時には、もう彼女は前を向いていた。
そんなことが何回か続き、僕たちは薄々気付き始めていた。
僕らはどちらともなく顔を寄せて小声で言う
「ねえ、中谷くん。これってもしかして…」
「ああ。多分、いや、きっとそうだ…」
僕たちは顔を合わせて、そして確信する。
「「S先生の口癖、『かもわからない』だ…」」
「…」
「…」
僕たちは黙りこくる。
「えー、ここはちょっと難しいかも―」
カチッ
「わからないな。」
カチッ
「…」
「…」
僕たちは何も言わず、ただお互いのカウンターに表示される数字だけが着実に増えていく。
『企画倒れ』
あまり馴染みのないこの言葉はまさにこういう状況のことを言うんだろうなぁ。
隣を見ると彼女も、退屈そうに左手で頬杖をつき、カウンターを握っている右手はだるそうに机の下に垂らしている。
はぁ…
いつもとは少し種類の違うため息が口を吐いた、その時―
「それじゃー問15。これは鴨の数を求める問題だな。」
「鴨…かも?!」
そう短く藤宮が呟く。
僕ははっとして隣を見る。藤宮も僕を見る。目が合って、しばらく間があって―
…カチッ
「あー!おま、お前!それはずるいだろ!口癖じゃねえし!」
「んー?何か言ったか?中谷」
つい大きい声を出してしまい、S先生が振り返る。
「あっ、いえ、なんでもないです…」
「ちゃんと授業に集中しろよー」
「はい…」
注意されてしまった…
隣を見ると藤宮は机に突っ伏して笑いを堪えていた。
ずるい奴め…
それからもS先生が『鴨』と言う度、隣で小さな音が立つ。藤宮のカウンターに表示される数だけどんどん増えていき、その差は広がった。
訴える目線を送る僕に、藤宮は舌を出して「てへぺろ」とか顔で言ってくる。それにもムカつくし、そんな彼女にドキっとしてしまう僕にもムカつく。
今回も負けか…そう思っていると、
「じゃあ答え合わせするぞー。じゃあ、さっき集中していなかった中谷の、この列から順に聞いていこうかー。列の皆、恨むなら中谷を恨めよー。」
ということになってしまった。
「あ、だけど答えられなかったら素直にパスでいいからな。じゃあ、君から」
僕の列の一番前の生徒が起立する。
「答えはー?」
「分からないです。」
「分からないかー。そうかー」
「…っ!」
僕は藤宮を見る。はっとした感じで彼女も僕を見る。目が合って、しばらく間があって―
…カチッ
「あっ!な、中谷くん?!」
「じゃあ仕方ないなー。次ー」
次の生徒が立つ
「分からないです。」
「分からないかー。」
カチッ
慌てた素振りの彼女が横目で見える。
授業を聞いてないから問題を解いていないせいで分からないが、よほど難しい問題だったのか、列の生徒はバッタバッタと倒されていく。そして僕のカウンターが表示する数字は増える。とうとう藤宮と同じ数になった時に、列の一番後ろである僕に指名が回ってきた。
「さあー中谷。ちゃんと聞いていたかー?答えてみろ。」
僕は起立…する前に、ちょんちょん、と左手がつつかれた。隣を見ると、ノートを見るように指示。そこには数字が書いてあって、
「これ、答え」
小声でそう言う藤宮。
藤宮のことだからきっと正解なのだろう。し、ここで答えれば汚名返上出来るかもしれない。
…うん。
立つ。
「すみません、分からないです。」
「なっ」
藤宮は目を丸く大きく開いて、口をパクパクさせながら僕を見る。
「中谷も分からないかー。これで全滅だな。まぁいい。座れー」
僕は隣からの恨めしげな視線を受けながら椅子に座る。
カチッ
カウンターが表示する数は、僕の方が藤宮よりいっこだけ、多くなった。
勝った。今までずっと、なにかしら―といってもくだらないことだが―で負けていた藤宮相手に、勝った。これは何かご褒美でも自分に買ってあげようか。
「…いぞ」
「ん?」
目が合う。
「ずるいぞ。」
少し頬を膨らましたその表情は僕に、これが見れただけでいいやと思わせたのだった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
あれってカチカチ気持ちいいですよね。




