九十一、帰るのは簡単だけど、面倒ごともある。
「ジェイミー。ジェイ。明日いよいよ、マグレイン王国へ向けて出発するよ」
「う」
ある日。
真顔のカルヴィンに言われ、いよいよ帰れるのかと嬉しく頷いてから、ぼくは、移動手段が何なのか気になった。
「ヴぃ。かえうの、ばちゃ?しょれとも、びゅんって?」
移動は馬車なのか、移動の魔法陣なのか。
それによって、家族と会える日は異なると、ぼくは、ぼくの隣に座るカルヴィンを見つめる。
「移動の魔法陣を使うから、一瞬で帰れるよ。ただ」
「にゃにか、ありゅ?」
何か問題があるのかと、不安になってカルヴィンを見れば、カルヴィンも困ったように笑った。
「俺とジェイは、ヘリセ王国、サモフィラス王国と手を組んで、マグレイン王国の王家の不正を暴き、クロフォード公爵家を筆頭とするマグレイン王国の協力者と共に国政及び各国との国交改善に尽力したと大々的に報じられているから、馬車でマグレイン王国の王都入りする必要があるんだ。つまり、魔法陣でクロフォードの屋敷に跳ぶけど、そこから密かに出て、王都近郊の街から移動し直すことになる」
「めんどう」
するりと本音が出てしまったぼくを、カルヴィンは膝に乗せる。
「そうだよね。でも、俺とジェイは一緒に居た方がいいから。お願いできないかな?」
「それは、クロフォード公爵子息が困るだけで、ジェイミーには、関係ないのでは?」
すると、ぼくが何かを答えるより早く、ぼくの正面に座っているカシムが、涼しい顔でそう言った。
「ヴぃ、こまりゅ?」
「ジェイミーちゃん。それはね、ジェイミーちゃんが、クロフォード公爵子息と一緒に居たいと思うのなら、そうすべきことなんでしゅよ。つまりね、王太子、王太子妃となるふたりが、協力して国のために尽力したってことになるのでしゅよ。馬車で街を通るのは、その証のようなものでしゅね」
ふたりの仲の良さを強調するためにも必要なのだと、幼児言葉のハロルド叔父に言われ、ぼくはこくりと頷く。
「わあった。じぇいみぃ、ヴぃ、いっちょ、いきゅ」
「ありがとう、ジェイ」
「それでこそ、ジェイミーちゃんでしゅね。僕も、お役目を果たせて嬉しいでしゅよ」
「おあくめ?」
ハロルド叔父の言うお役目とは何であろうかと、ぼくは、カルヴィンを見上げた。
「マグレイン王国の王太子妃となる者は、近親者・・大抵は叔父を自分直属の騎士団長に任命して、共に王城入りするのが倣いなんだ」
「ふぇ」
そんなしきたりがあったのかと、ぼくは、知らない事実に驚く。
「ジェイミーちゃんの騎士団長は、僕が立派に務めるから安心してね」
そのためにここまで来たのだからというハロルド叔父に、カルヴィンのみならず、カシムまでもが冷たい目を向けた。
「何を言う。別に、我が屋敷にて待機でもよかったものを、どうしてもジェイに会いたいからと、侍従に混ざって来たくせに」
「ほぉ」
そうなのかと頷き、ぼくは、どこかのほほんとした様子のハロルド叔父を見つめる。
ハロルド叔父の剣の腕とか知らないけど。
この人なら、カルヴィンとぼくを対立させるようなことは無さそう。
「ジェイ?どうかしたか?」
「んとね。はりょりゅどにいたま、にゃら。ヴぃ、じぇいみぃ、あらしょい、ない」
「ん?クラプトン男爵なら、俺とジェイが争わないってこと?」
分かってはくれたけど、今一つ理解し切れていない様子のカルヴィンの膝に立って、ぼくは、カルヴィンの顔を覗き込む。
「ヴぃ、きちだん、じぇいみぃ、きちだん。けんりょく」
「ああ!ジェイミーの直属の騎士団と、俺の直属の騎士団が、それぞれ権力争いする心配をしているんだね?」
「う!」
だって、ありそうじゃないか。
王城内で、王太子派と王太子妃派が出来るとか。
互いに、自分直属の騎士団を有するなら、尚のこと。
「そうだね。クラプトン男爵なら、その点も安心だ」
そう言って笑うカルヴィンの言い様で、ハロルド叔父は、剣の腕も立つのかもしれないと、ぼくは、とてもそうは見えない、ほのぼのとした笑みを浮かべているハロルド叔父を見た。
ありがとうございます。