九十、天に向かって、感謝の儀。
「んっと、じぇいみぃ、あのね」
「ああ!ジェイミーちゃん!やっと会えまちたね!」
「ふぉ!?」
拗ね拗ねしてごめんと、何とか言おうとしていたぼくは、赤い髪のひとに突撃されて仰け反った。
いや、誰!?
初対面だよね!?
あ、そこは『やっと会えまちたね』って言っているから、間違いないのか。
でも、誰だ?
「ヴぃ!だ、だえ!?」
ぐいぐいと迫られて、ぼくはカルヴィンにひっしと抱き付く。
だって、恐怖だろう。
侍従さんかな、くらいの認識で、視界の端の方に映っていたひとが、急に存在を強く示して来ているんだから。
「大丈夫だよ、ジェイ。彼はね、ジェイのお」
「お待ちください!クロフォード公爵子息!名乗りは自分で!いたしますので!」
ぼくを優しく揺らしながら、安心させるように言おうとしたカルヴィンを制し、赤い髪のひとが、きらきらと輝く瞳でぼくを見た。
そして、ぼくはといえば、それはもう必死にカルヴィンにしがみ付いている。
万が一にも、絶対、離れないように。
いや、この場合。
カルヴィンから、無理矢理離されたりしないように。
だってこのひと、ぼくを攫いそうな勢いだから。
「ジェイミーちゃん。僕は、ハロルド。ジェイミーちゃんのパパの弟だよ。ハロルドにいたまって呼んでね」
「はりょりゅど、にいたま」
「そう!ジェイミーちゃんは、いい子で賢いでちゅね!」
「はわぁああ!」
思わず鸚鵡返しに言ったぼくに、益々表情を緩めた・・というか、崩したハロルド叔父は、ぼくの頬に、自分の頬を思い切り擦り寄せて来た。
こ、このひと、スキンシップ激しい!
「は、はりょりゅど、おじたま。や!」
「ああ、ジェイミーちゃん。おじたま呼びも可愛いけど、僕は、にいたまって呼ばれたいな」
「う・・うう。わあった・・わあった・・かりゃ・・!」
頼むから、ちょっと離れてくれ!
ほっぺ、ちょっと痛くなって来た。
どんな頬擦りだよ!
「クラプトン男爵。ジェイミーが、怯えているから、少し距離を空けてあげてくれないか?」
「怯えて?ジェイミーちゃん。ハロルドにいたまのこと、嫌い?」
「んん!きあい、ない!れも、ほっぺ、いたい、いたい」
「ああ、そうか!ごめんね、ジェイミーちゃん。つい、嬉しくて我を忘れてしまったよ」
カルヴィンが、少々呆れたような様子で言ってくれたお蔭で、ハロルド叔父は漸くぼくから、離れてくれた。
すっごく、名残惜しそうだったけど。
「じゃあ、仕切り直そうか。ジェイミー。こちらは、クラプトン伯爵の弟でクラプトン男爵。伯爵と同じ名を名乗っているのは、男爵の地位が本来は兄のものであり、兄の子に注がせるのが妥当だと考えているからなのだそうだよ。つまり、とても信頼のおける人物だ」
「それから、攫われたジェイミーを探すのに大活躍されたんだよ」
カルヴィンとカシムに説明され、ぼくは改めてハロルド叔父を見た。
真っ赤な燃えるような髪に、淡い翠の瞳。
本当に、イアン兄様そっくりだ。
「はりょりゅど、にいたま。あいがと。はじめまちて、じぇいみぃ、れしゅ」
ぼくのことは、よく知っているみたいだけど初対面なのだからと、ぼくは、きちんと挨拶をする。
まあ、カルヴィンに抱っこされたままだけど。
「おお!ジェイミーちゃんは、本当に賢いんだね!はい、はじめまして。ぼくは、ハロルド・クラプトンです。ジェイミーちゃんの、おにいたまだよ」
いや、叔父だろうという突っ込みは心のなかだけにして、ぼくはカルヴィンを見上げた。
「ヴぃ」
「ん?どうした?ジェイ」
「じぇいみぃ、しゅね、しゅね、ちて、ごめにゃしゃい。かちむも、ごめにゃしゃい」
ハロルド叔父の登場で、何か曖昧になりそうだったけど、そこはしっかりしないとと思い、ぼくはふたりに向かってしっかり頭を下げた。
「拗ね拗ねって・・ジェイは、可愛いな」
「ジェイミー。大丈夫。怒ってなど、いないから」
ぼくが怒っていないのなら、良かったとふたり揃って微笑みを向けてくれて、ぼくはとても安心する。
よかった。
ちゃんと言えて。
「ジェイミーちゃんは、天使!そうに違いない!神よ!ジェイミーちゃんを我らのもとへ送ってくれましたこと、心より感謝いたします!」
そんなぼくの前で、ハロルド叔父が両手を胸の前で組み、天に向かって叫んでいた。
なんだかな。
ありがとうございます。