八十四、甘露
「ああ、ごめん。ジェイ。痛かった?」
「んん。じぇいみぃ、いたない。ヴぃ、いたいいたい、かお、ちてりゅ」
ぼくを抱っこする手に力を込めてしまったと、謝るカルヴィンの顔を見て、ぼくは途端に心配になった。
だって、ぎゅっと眉を寄せて、凄く苦しそうな表情だったから。
もしかして、急に具合が悪くなった?
それか、どこかに痛みが走った?
「心配させてごめん。でも、ジェイが傍に居てくれたら大丈夫だ」
「しょうにゃの?じゃあ、よち、よち」
ぼくが傍に居たら平気だなんて、ちょっと可愛いし、何より嬉しいと、ぼくは体ごと腕を伸ばして、カルヴィンの頭を撫でた。
「ジェイミー。私も、ジェイミーが傍に居てくれると嬉しい。私の頭も、撫でてくれる?」
「いいよ。かちむ、よち、よち」
ぼくに撫でられると嬉しいなんて、ぼくの方が嬉しくなってしまうじゃないか。
カルヴィンもカシムも、本当にぼくを喜ばせるのが上手いと思いながら、ぼくは、カルヴィンとカシムの頭を撫でる。
「むむ?」
その時、何か凄くいい匂いが漂って来て、ぼくは思わず反応した。
「何か、いい香りがするね。ジェイ」
「ジェイミーは、美味しいものへの反応が早いな」
「きっろ、おにきゅ」
この匂いは、肉の串焼きだろうと、ぼくはカルヴィンに抱っこされたまま、きょろきょろと辺りを見渡す。
「じゃあ、マージパンを買ったら、そこへ行こうか」
「う!だいしゃんせい!」
カルヴィンを蹴ったり殴ったりしないように注意しながら、ぴょんぴょんして、ぼくはカルヴィンにマージパンを買ってもらった。
「吾の分までとは。まあ、感謝しておく」
「どういたしまして」
そして何故か、カシムがぼくのようだと言った太陽も、カシムにとカルヴィンは買っていた。
ぼくたちを表す、太陽と月と、紫色と碧色の花のマージパン。
そして、仔犬がハートを咥えているマージパンも、カルヴィンは買った。
「しょれ、おみあげ?」
「ん?ああ、違うよ。ジェイみたいだと思ったから」
くすりと笑って、カルヴィンはジェイミーの目を覗き込む。
「じぇいみぃ、こいにゅ?」
「可愛いだろう?」
「わん、わん!・・ちあう。きゃん、きゃん」
仔犬みたいだと言うから、それっぽく真似してみたら、カルヴィンもカシムも、そして護衛さん達も悶絶してしまった。
ああ。
見苦しいものを聞かせて、すまない。
「あ!ヴぃ、あしょこ!」
何か、名誉挽回をと、またもきょろきょろしたぼくは、おあつらえ向きな物を見つけた。
それは、ハート形の飴細工。
黄金色しているし、子どもが親に買ってもらって舐めているから、今度は間違いなく飴細工だと思う。
「ん?ああ、飴細工か。ジェイ、食べたかったみたいだものな。それじゃあ、行こうか。肉の串焼きと、どっちが先がいい?」
「あめ!・・あ、かちむ。いい?」
ぼくの名誉挽回が先だと、勢い込んだぼくだけど、勝手な真似はいけないと、ご機嫌伺いのようにカシムを見た。
「もちろん、いいよ。ジェイミー」
「あいがと!」
若干、良心が痛まないでもない。
だって、カシムもカルヴィンも、ぼくのやりたいこと、行きたい所を優先してくれるって分かっているんだから。
と、ともかく。
今は、ぼくの名誉挽回をせねば。
「いらっしゃいませ。好きな形にお作りしますよ」
その飴細工の屋台では、優しそうな女のひとが飴細工を作っていた。
「しゅきな、かたち?」
「はい。鳥でも花でも、何でもいいですよ」
そう、優しい声と瞳で言ってくれるけど、ぼくが欲しいのは、見本でおいてある品ひとつ。
「ジェイミー。何を作ってもらおうか」
「んとね。じぇいみぃ、あえ、ほちい」
カシムが、ぼくの顔を覗き込んで聞いてくれるけど、ぼくが欲しいものは、もう形となってそこにあると、ぼくはパーで指し示した。
「あれ?ハート型がいいのか?ジェイ」
「う!ヴぃ。あえ、かって」
「それは、駄目だ」
ぼくが願えば、カルヴィンはすぐさま、屋台の女性にそれも売り物かと聞いてくれようとするも、何故か、一緒に店番をしている怜悧な雰囲気の男性に一刀両断にされてしまう。
うおお。
迫力凄い。
何か、怖い。
「ふふ。ごめんなさいね。このハートの飴は、このひとに作ったものなの。新しく作るハートでもいいかしら?」
「にゃるほろ。らいじょぶ」
説明を聞いて、ぼくは怖いと思ったことも忘れて納得した。
そういう理由なら、このハートを買うのは諦める。
「ありがとうございました」
「あいがと!」
あっという間に、見事なハート・・ぼくの名誉挽回を担う品を作ってくれた彼女に、こちらこそありがとうと言って、ぼくはカシムとカルヴィンを見た。
「ヴぃ、かちむ。みて」
「ジェイミー?」
「ジェイ?どうした?食べないのか?」
早速、舐め始めると思っていたらしいカルヴィンとカシムの前で、ぼくは、まるでこれから手品でも始めるかのように、お辞儀をする。
「ごりょうじ、ありゃ」
『ごろうじあれ』も、ぼくが言うと何かのまじないみたいだけど、そこはもう気にしないことにして、ぼくは、さっきの、マージパン細工の仔犬が加えていたような角度を正確に再現して、ハートの飴をぱくっと咥えた。
これでどうよ!
さっきの失敗の名誉挽回になっただろう!
・・・・って、え?
あれ?
反応がない。
というか、みんな固まっている?
「しゃっきにょ、こいにゅ」
もしかして、分からなかったのかと、飴を落とさないよう、もごもごしながら、ぼくは言ってみたけど、返事も無い。
もしかして、また失敗したか。
ふっ。
芸人がすべった時のような、冷たい風を感じるぜ。
「ヴぃ。いっちょ、たべよ」
ぼくは、何だか途轍もなくうら悲しい気持ちになって、せめて甘い飴をカルヴィンと食べようと、咥えているハートの反対側を、カルヴィンの口元に寄せた。
ありがとうございます。