八十一、手玉とか魔性とか惑わせるとか。
「なんだ、三人とも。もう気づいたのか」
「気づかないわけありませんよね?護衛や侍従まで下げさせて、陛下は何をするつもりなのですか」
飄々と言う国王に、疲れた様子でアギヨンさんが言うのを聞いて、ぼくは状況を理解した。
つまり、ぼくの部屋に今誰もいないのは、国王が指示したから。
そして、国王がひとりで来たのは、側近の人たちや、カルヴィン、カシムを自分の所に呼んでいたから。
でも、呼んでおいて自分はぼくの部屋に来たのだから、当然呼び出された方は怪訝に思い、国王を捜索していたのだろう。
「ヴぃ。かちむ。あぎょんしゃん。ぎょめんなしゃ」
見つかってしまったかと言いつつ、楽しそうな雰囲気を崩さない国王の端正な顔を見ていて、どうにかこうにか解凍されたぼくは、国王に抱っこされたまま、頭を下げて謝罪した。
「ど、どうしてジェイが謝るんだ」
「そうですよ。吾が怒っているのは、国王陛下に対してだけです」
「ジェイミー様。陛下を足止めしてくださって、ありがとうございます」
謝ったぼくに、カルヴィンとカシムが慌てて駆け寄り、アギヨンさんは、やさしい笑みを浮かべてそう言ってくれる。
「そうだそ、ジェイミー。ジェイミーが謝ることなど、何も無い。ジェイミーはただ、家族への土産を買いに行こうとしていただけなのだから」
「あ」
国王に言われて、ぼくは、初めてお土産という概念を思い出した。
そもそも、ぼくが家と家族から離れるきっかけとなった原因が原因だけに、今までそんな考えに至らずにいた。
だって、可笑しいだろう。
攫われたのが原因なのに、他国に行ったからお土産買おうなんて。
第一、ぼくお金持っていない。
「ジェミーは、確か兄が三人いるのだよな?オレが、とっておきの品を選んでやる」
よしよしと、優しくぼくをゆすりあげながら、国王は楽しそうに笑った。
「れも。じぇいみぃ、おかね、ない」
国王自ら、とっておきの品を選んでくれるのは嬉しいけど、ぼくは正直に、所持金がないことを伝える。
だって、純粋に最初からぼくの持ち物なのは、兄様たちが持たせてくれた、お出かけリュックだけだ。
後は全部、今着ている服も着替えも持ち物も全部、カシムが用意してくれたもの。
「かちむ。あいがと」
ぼくは、攫われて殺されかけたけど、カシムのお蔭で衣食住に困ることが無かったと、改めて感謝の言葉を口にした。
「ん?何が」
あまりに唐突過ぎたからか、カシムが目をぱちくりしていて可愛い。
「かちむ。じぇいみぃ、おようふく、ごはん、ねうとこ、そいから、たくしゃん、くえた」
「ああ。そんなこと。吾の運命たるジェイミーに、当たり前のことをしただけだ」
国王の前だから、王子なしゃべり方のままなカシムだけど、ぼくが言いたいことはちゃんと伝わったと分かる目をしてくれて、ぼくはほっとする。
「ジェイミー。土産を買いたいなら、俺と行こう。俺がいれば、お金の心配は要らないだろう?」
「ヴぃ!」
カルヴィンがそう言ってくれて、ぼくは、前のめりになった。
「おっと」
「あ、ごめしゃ」
「いやいや。元気があっていい」
あまりにも勢いよく前のめりになったため、国王がぼくを落とさないよう、たたらを踏んだほど。
「ジェイミー。吾と出かけよう。対となる品を選び、マグレイン王国へ行くのもいい」
「ジェイミー。また、俺の瞳の色の宝石を、受け取ってくれ」
そんなぼくの買い物意欲に触発されたのか、カシムとカルヴィンも、積極的にそう言ってくれて、ぼくは嬉しくはしゃぎまわった。
「おちょろい、いい!ヴぃ、じぇいみぃ、いろ、あげゆ」
「おお。ふたりともを、手玉に取るつもりか。やるな」
そうして、きゃっきゃと動き回るぼくを、国王はにやにやと見つめてそう言ったけど、有り得なさ過ぎて、ぼくは、冷めた目をしてしまう。
手玉に取る?
そういうのは、もっと可愛いとか、綺麗なひとがやるんだよ、国王陛下。
「おうしゃま。しょれ、ない」
「・・・ジェイ。魔性なのか?」
「ジェイミー、可愛いな。吾は、ジェイミーになら、惑わされてもいい」
国王の肩に手を置いて、諭すように言っていたぼくは、カルヴィンとカシムの呟きを聞いていなかった。
ありがとうございます。