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八、衣装選び







 ん?


 なんか、見渡す限り白い霧みたいなのに覆われていて、何も見えないんだけど・・・ここはどこだ?




 寒くもなく暑くもない真っ白な世界で、ぼくはひとり歩いていた。


 赤ん坊のぼくは、未だ歩けない筈、なんて頭の片隅で思いながら、しっかりとした足取りで歩いて行けば、やがて霧の晴れたそこは、まさしくぼくにとっての理想郷だった。




 ・・・・・おお。


 ここは、アイスの世界か!?




 硝子の大きなテーブルに、色々なアイスが並んでいるのを見たぼくは、大盛り上がりでスプーンを手にする。




 ヘーゼルナッツにダークチェリー、チョコもミルクもチョコミントもある!


 それぞれが盛り付けられている器もきれいで、見ごたえ充分。


 さて、何から食べよう!




「・・・おう!」


「おお、ジェイミー。起きたか?」


 久しぶりのアイスにときめきながら、早速とスプーンで掬おうとしたぼくは『食べよう!』と言った、自分の声で目を覚ました。




 ああ・・・夢か。




「さあ、じゃあジェイミーも行こう。母様達が待っているからね」


 アイスが食べられなかった、がっかりな気持ちが溢れるけど、優しく抱き上げられ、白湯を飲ませてもらい、更に父様に頬擦りまでされれば、アイスへの未練は、割と簡単に断ち切れる。




 固執したって、食べられない物は食べられないからな。


 諦めも、肝心ってことだ。


 無いものは無い。


 でも、いつか必ず作ってやるから、待っていろアイス。




「ちーうえ」


「よしよし、いい子だ」


 心の中で決意したぼくは、父様の強い腕に抱かれて、お昼寝をしていた部屋を出ると、長くて広い廊下をだっこで進んで行く。




 陽が差し込んで、花が飾られて、清潔で。


 ほんとに、幸せな空間だよな。




 行き交う使用人さん達は、父様とぼくに礼をして、父様もそれに軽く手をあげたり、簡単な言葉を掛けたりして答えている。


「あ・・うー」


 そんな関係が素敵だと思うから、ぼくも笑顔で挨拶をすれば、みんなも満面の笑みを返してくれた。


「あっ、あっ、うっ!」


「ご機嫌さんだな」


「あー!」


 片手をあげて、幸せだと言えば、父様も優しく微笑んでくれる。




 父様、大好き!


 もちろん、母様も兄様達も好き!


 みんな、大好き!


 ・・・ところで、今日は何をするんだろう。


 母様達が待っている、って言っていたけど。


 何をしているのかな・・・って。


 え。




「お待たせの、ジェイミーのお目覚めだ」


 そう言いながら父様が入った部屋には、布が溢れていた。




 な!


 生地屋さんでも始めるのか!?




「ふふ。ジェイ、驚いた?」


「ジェイ。今日は、ジェイの誕生日会の衣装を作るんだよ」


「布から選ぶんだぞ。ジェイは、どれが好きだ?」


「じぇい、なにいろがにあうかな」


 既に、幾枚かの布を選んでいるらしき母様と兄様達を見て、ぼくは自分の間違いに気づく。




 衣装選び!


 そうか、生地屋じゃなかったか。


 しかし、家に商人を呼んでっていう発想、ぼくの記憶にはないな。




 これが貴族かと、ぼくは感心しきりで布の海を眺めた。


 色も様々で、織り方も様々なんだろうとは思うけど、正直よく分からない。


「なあ。クリフ、イアン、ジェイ。みんなの色を、みんなで身に着けるっていうのはどうだろう?」


「お、それいいな!んじゃあ、袖は兄貴の金色か緑色・・・って、緑色は俺の色でもあるか。んじゃ、金色と緑色、それにイアンの赤とジェイの碧を、袖とか襟とか、それぞれに使ったらいいんじゃないか?」


「じゃあ、くつも」




 いや、ちょっと待て!


 みんの色っていうのはいいけど、袖と襟と身頃が違う色って、大丈夫なのか?


 ぼくなんて、こんなにちんまいんだぞ?


 色の見本市みたいになったりしないか!?




「まあ!それは素敵ね!それじゃあ、基本の形を同じにして、それぞれの色の宝石を身に着けて。他の兄弟の色も、何処かに入れましょうか」


「父様と母様の色もな」




 いやいや父様。


 ぼく達兄弟の色を全部入れれば、父様と母様の色網羅だから!


 心配いらないって。




「おれの、あかも、いれるの?みどりだけじゃ、なくて?」


 父様の主張に、思わず半目になってしまったぼくは、イアン兄様の戸惑うような声に固まった。




 そうだ!


 イアン兄様、自分の髪が赤いこと、すっごく気にしているんだった。




 父様も母様も持たない赤色。


 それは、父様の弟であるハロルドおじさまの色だってことで、色々影口を言われてきたイアン兄様は、とても傷ついていた。


 


 最近、すっかり打ち解けていたから、忘れてた。


 そうだよ。


 あんなに傷つけられて、すぐに癒える訳がないじゃん。




「いぃにいに」


「当たり前だろう?赤は、イアンのきれいな髪の色なんだから」


「そうだぞ、イアン。イアンの赤は、紅玉かな。柘榴石かな」


「じぇい・・それに、かーるにいさま、くりふにいさまも、ありがと」


 涙をうっすらと浮かべるイアン兄様を、母様と、それからぼくをだっこしたままの父様が抱き締める。


 そもそも、赤い髪っていうのは、父様のおじい様、つまりぼく達兄弟のひいおじいさまの色だっていうんだから、ちゃんと正当性があるじゃないか。


 口さがない奴らめ。


 いつか、ぎゃふんと言わせてやる。


「いぃにいに・・いいこ」


 だからぼくも、イアン兄様を短い腕で懸命に抱き締めて、それから、やわらかな赤い髪を撫でた。


「いいこ、って!ジェイ、またお話しできる言葉が増えたのね!」


「ぐっ。またイアンが一番」


「何言ってんだよ。兄貴は『あーと』って一番に言ってもらっただろ?俺なんて『・・・も・・・』だけなんだからな!・・・それでも嬉しいけど」


 兄様達が、また平和な言い争いをしている。


 いや、ぼくが原因なんだけど、それで険悪になるわけでもなし、話の種を提供していると思えば、これも潤滑油なのではと、ぼくはひとり納得しながら、一枚の布に手を伸ばした。


「なっ。ジェイ!?なんで、紫の布を!?」


「ジェイ、まさかカルヴィンの色だからなのか!?」


「じぇい!そうなの!?」


 


 え。


 いや、きれいな色だなって思って。




「ジェイ。ジェイミー。クロフォード公爵子息が気に入っているというのは、聞いている。だが、あの子息は、ジェイが『あいしゅ』と言ったのを、受け入れなかったんだろう?忘れなさい。そんな奴」


「もう、ブラッド。ジェイは、未だ赤ちゃんなのよ?」


「そうは言うがな、アレックス。クロフォード公爵子息は、八歳だろう?私は九つで、君に本気の恋をしたんだぞ?」




 へえ!


 父様と母様って、幼馴染みなのか!


 その話、もっと詳しく聞きたい!




「それは、そうですけど」


「だろう?よって、奴の色である紫は却下だ。いらぬ誤解を招く原因は、徹底的に排除する。ジェイ、分かったな」


「う!」


 


 別に、カルヴィンの色を身に着けたかったわけじゃなし、周りの人が誤解しないように、ってことなら理解できるし、何も問題無いと、ぼくは両手をあげて頷いた。




 分かったから、父様、安心してくれ。


 紫、身に着けない、絶対、だ。




 鬼気迫る様子で言う父様に、内心で苦笑していたぼくは、後日、もっと鬼の形相になる父様を見ることになるなんて、この時には思いもしなかった。



いいね、ブクマ、ありがとうございます。

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