七十六、冬薔薇
「ヘリセ王国国王陛下に、マグレイン王国クロフォード公爵家が一子、カルヴィンがご挨拶申し上げます。そしてこちらは、私の婚約者である、クラプトン伯爵家のジェイミーです」
「じぇいみぃ、れしゅ。おうしゃまに、ごあいしゃちゅ、もうちあげましゅ」
ん?
あれ?
王様じゃなくて、国王陛下って言わなくちゃいけなかったんじゃないか?
「どうちよ。まちがった」
「大丈夫だよ、ジェイ」
あわあわと手で口を押えたい気持ちを堪え、小さく呟くに何とかとどめたぼくに、カルヴィンが優しく囁く。
威風堂々とした造りの、ヘリセの王城。
その謁見の間にて、僕は今カルヴィンやカシムと共にヘリセの国王陛下に挨拶をした。
ヘリセの国王は、想像よりずっと若く、鋭利な瞳を持つひとで、こちらの思惑など見透かされているような畏怖を覚える。
小麦の不正の件で呼び出されたと分かっていても、緊張するものはするし、怖いものは怖い。
ぼくは、カルヴィンにしがみ付きたい気持ちが込み上げるのを感じるも、もちろんそんなことの出来る筈もなく。
早く終わってくれますように。
そればかりを、心のなかで繰り返していた。
「よく来たな、ジェイミー。そなたには、真、感謝している」
「ふぇっ」
てっきり、挨拶だけ終われば、ぼくの存在など忘れ去られるのだと思っていたのに、突然名を呼ばれて、ぼくは思わず変な声を出してしまった。
まずい。
国王陛下の呼びかけに対して、許される反応じゃないよな、絶対。
「はは。オレが怖いか?そうだな。そなたは小動物のようだから、さしずめオレは、そなたを狙う肉食動物のようにでも見えるのかもしれないな」
国王に対し、不敬をはたらいてしまったと、だらだら嫌な汗が流れるぼくだけれど、国王は、ぼくを不敬に問うことなく、豪快に笑ってそう言うと、徐に玉座から立ち上がった。
そして、ゆったりと大股に歩いて、ぼくの前まで来ると、なんとしゃがんだ。
「お、おうしゃま!」
「おう。なんだ?」
「ちゃ・・しゃが、しゃがみゅの、らめ、れす」
焦って、あたふたするぼくは、隣のカルヴィンを見、少し前の位置に立っているカシムを見、して窮状を訴えるも、ふたりとも、何故か優しく、やわらかな瞳で見守ってくれるばかり。
「そうか。しゃがむのは駄目か。なら、こうしよう」
「わっ」
何とか立ち上がってもらおうと、ひとり奮闘していたぼくは、ひょいと国王に抱き上げられ、視線が合った。
「ほら。これでよかろう?」
よくないです!
心臓が、口から出そうです!
「あ・・あわわ」
「ははっ。カルヴィン。ジェイミーは、本当に可愛いな」
「はい。可愛いだけでなく、知力も胆力もある、自慢の婚約者です」
カルヴィン!
こんな場所で、婚約者馬鹿なんて発揮するんじゃない!
「ヴぃ」
「心配しなくても大丈夫だよ、ジェイミー。陛下には、以前からジェイミーのことを、色々自慢しているから」
はあ!?
何だよ、それ。
カルヴィンてば、俺の知らないところで一体なにを・・・って。
違う、カルヴィン。
今は、そうじゃなくて。
国王陛下に、早くぼくを下ろすように言ってくれ。
「ジェイミー。オレの抱っこは、嫌か?」
「んん!いや、ない」
カルヴィンに、目で必死に訴えていると、国王が少し悲しそうにそう言うものだから、ぼくは、嫌ではないと、懸命に首を横に振る。
「そうか。それは良かった!」
すると国王は、本当に嬉しそうに微笑んで、ぼくを抱っこしたまま窓辺へ向かった。
「わあ・・きえい」
窓から見えた庭は、国王に抱っこされているという畏れ多い事実を、忘れさせてくれるほどに美しく、ぼくは思わず簡単の声をあげる。
あれ?
でも、冬にも薔薇って咲くんだな。
「ジェイミーは、あの冬薔薇が気に入ったか?」
「う!」
ここのところ、陽気がいいから忘れていたけど、今って冬だよなと、ぼくが思っていると、国王がそう聞いて来たから、迷わず大きく手を挙げて返事をした。
カルヴィンの時と違い、国王は体が大きいから、蹴っ飛ばしたり殴ったりすることは無かったけど、許される態度では到底無い。
うう。
いけない。
また不敬な真似を。
しかし、こうも思考が単純なのは、未だちっこいからだよな?
・・・・・そう思いたい。
「そうか。よかった。なら、あの一画をジェミーに与えよう。そして、此度の功績により勲章と爵位を授ける」
「ふぇ!?」
己の単純思考に思いを馳せていたぼくは、思わぬ国王の言葉に、思い切り体をのけぞらせた。
ありがとうございます。