七十五、好敵手
「あぎょんしゃん。じぇいみぃ、ふいうち、しゅる」
アギヨンさんと、暫し水鉄砲合戦を楽しんだぼくは、最早本格的にやり合っているカルヴィンとカシムに奇襲をかけることを思い付いた。
「それは、いいですね。やりましょう」
『相手をしてくれないのなら、こちらから乗り込む』と、勢い込むぼくに、アギヨンさんものりのりで答えてくれ、水を補充してから、ふたりの元へと向かう。
「ヴぃ!じぇいみぃ、ここに、ありゅ!」
ちょっと噛んだものの、まあまあ格好よく決まったと自画自賛しつつ、ぼくはカルヴィンに向けて、水鉄砲を放った。
「っ!」
「えええええええ」
完全に不意打ちだった筈なのに、カルヴィンは、ぼくの攻撃を華麗に避けた。
弾かれたように大きく跳んだのが、悔しいけど格好いい。
「あ。ジェイだったのか。悪い。咄嗟に」
「べちゅに。かっきょいいとか、おもって、ないち」
「そうか、俺、格好よかったか」
「・・・・・・・・・・・う」
そうかそうかと、嬉しそうにぼくの頭を撫でるのが悔しいけど、格好いいと思ったのは事実だから、ぼくは渋々頷いた。
「ごめんね、ジェイミー。自分達だけで、夢中になってしまった」
「う。らいじょぶ」
そこにカシムも来て、謝ってくれるから、ぼくは即座にそう答える。
「じゃあ。今度こそ、ちゃんと遊ぼうか」
「そうだな。ジェイ。その水鉄砲の使い勝手は、どうだ?」
「しゃいこう!」
カシムとカルヴィンが、それぞれしゃがんで目線を合わせてくれ、ちゃんと遊べると嬉しくなった俺は、ぴょんと跳ねてそう答えた。
だって、本当にこの水鉄砲、最高だから。
「あー。お三方とも、少しお待ちを」
「にゃあに?・・・あ」
その時アギヨンさんが困ったような声をあげ、何事かと振りむいたぼくは、騎士の人たちが瞳を輝かせてこちらを見ていることに気が付いた。
「なるほど。それは、そうなるか」
「確かに。ひと目を気にしなかったのは、迂闊でした」
「・・・・・にゃに?」
そんな騎士の人たちを見て、カルヴィンもカシムも、何か気づいたようだけど、ぼくには何だか分からない。
「このような武器は、見たことありませんから。彼らも興味を持ったのでしょう」
「ふぇ?」
アギヨンさんが、然もありなんといった風に言うのを、ぼくは驚きと共に聞いた。
「これは、ジェイが発案したものだからな」
「先に形にされて。しかもこのような完璧なもの。負けた気持ちだ」
そして、続くカルヴィンとカシムの言葉に、ぼくはもっと驚く。
え?
なに?
ふたりとも、ぼくが水鉄砲の話をしたとき、普通に聞いてくれたよね?
カルヴィンに最初に話したのなんて、結構前じゃない?
「ヴぃ、かちむ。ちらない、ない。らって、じぇいみぃ。おはなち、まえに」
「ジェイミー様。カシム殿下もクロフォード公爵子息も、ジェイミー様に知らない、出来ないとは言いたくなかったのでしょう。それが、シードの矜持というものです」
カルヴィンもカシムも知らないはずはないと、たどたどしく呟くぼくに、アギヨンさんがしたり顔で説明してくれるけど。
え?
シードの矜持で、知らないのに作っちゃうの?
なにそれ。
凄い。
「ちーど。しゅごい」
「知らないとは言わないものの、水鉄砲のことを、色々聞かれたのではありませんか?そうして相手の望みを叶えることは、シードの喜びなのですよ。ジェイミー様」
「あぎょんしゃん、ちーど?」
「はい。私にも、最愛のフィールドがおります」
『懐かしいですね』と、カシムとカルヴィンを見るアギヨンさんの視線は優しい。
「ああ。無視もできないか」
「得策では、ないね」
その間にも、カルヴィンとカシムは何かを話して、ふたり揃って何事か頷いた。
「ジェイ。騎士たちにも、この水鉄砲を見せよう」
「それでね、ジェイ。この水鉄砲のことは、ここに居るひと以外に話してはいけないよ?」
「れも。みじゅでっぽ、あしょび、どぐ、にゃのに」
カルヴィンもカシムも、真顔でそう言うけれど、ぼくには今一つ納得が出来ない。
確かに、水鉄砲は銃の形をしているけれど、弾丸を考えたわけでもなく、出て来るのはただの水だ。
「ジェイ。確かに、これは遊び道具で、俺もそのつもりで作ったけれど。この中身に毒を入れたら?それはもう、武器だよね?」
「あ」
丁寧にカルヴィンが説明をしてくれて、ぼくは、はっとする思いでその紫の瞳を見つめる。
そうか。
ぼくは、なんてことを。
「怖がらなくていい。俺達が、きちんと対処するから」
「そうだよ、ジェイミー。吾とクロフォード公爵子息とで収拾するから、心配しなくていい」
自分のしたことに顔を強張らせるぼくを安心させるよう、カルヴィンとカシムが、ゆったりとした笑みを浮かべ、やさしく頭を撫でてくれて、ぼくは、体の冷たさが遠のくのを感じた。
「よろちく、おねぎゃ、ちまち」
「うん。よろしくお願いされるね?」
「それから、ジェイ。怖がって、欲しいものとか、やりたいこと、言わなくなるのは無しだからな」
優しくカシムに言われ、漸く肩の力が抜けたようなぼくに、カルヴィンがそんなことを言う。
「れも」
「でもじゃない。どんなことでも、自由に発想していい。ただ、それを先に俺に教えてくれれば」
「ジェイミー。教える相手は、吾でもいいからね?いや、むしろ吾がいい」
「う・・・う?」
なんだろう。
さっきまで、ふたりが対処するからって協力体制だったみたいなのに。
今のこの雰囲気。
何か、静電気走っているみたいな感じがする。
ぼくに向けるのは、目もちゃんと笑っている笑顔なのに、カルヴィンもカシムも、互いに向ける目には敵意があるように見える。
敵意といっても、すっごく憎いとかそういうのではなくて、何だろう。
相手が気に入らないというか、出し抜きたい、負けたくない感じ?
そこまで考えて、ぼくは閃いた。
そうか!
ふたりとも、他国同士とはいえ、国の中枢を担って行く存在だから好敵手ってことだな!
「ヴぃ、かちむ。どっちも、しゅぎょい!」
そんなに気張らずとも、ふたりとも充分凄いんだから気にすることない。
思いを込めて、ぼくは、ふたりに抱き付いた。
ありがとうございます。