七十三、水鉄砲対戦
「隠し通路はこちらだ!」
「不正の荷を抑えろ!」
幾人もの騎士が慌ただしく動き回り、怒声のような声が響き渡る。
「ジェイ。怖いか?もう少し、我慢な」
そんななか、すべての監視をするように、ぼくをだっこしたまま廊下に立つカルヴィンは、いっぱしの上司のようで格好いい。
「う。ヴぃ、いる、かりゃ、らいじょぶ」
言外に、カルヴィンがいなければ駄目だといって、ぼくはカルヴィンの肩あたりをぎゅっと掴み直した。
アギヨンさんとカルヴィンを隠し部屋に案内した後、アギヨンさんの言う通り騎士団が到着して、一気に騒がしくなった。
共犯者である宿屋の主は、先んじて逃げようとしたらしいけど、そんなこと許すわけないと、カシムが、それはもういい笑顔で自分の護衛に捕らえさせていた。
因みにそのカシムは今、総司令官のような立場で、部屋に待機している。
どっしりと椅子に座るその姿は風格があって、これぞ王子だとぼくは思った。
「よかった。ジェイが、カシム王子殿下の所に行きたいって言わなくて」
カルヴィンにしがみ付いたまま、騎士が俊敏に動くさまを『すごいな』と眺めていたぼくに、カルヴィンが安心したような声を出す。
「ヴぃ?」
「だって。サモフィラスの第二王子殿下も、格好いいだろう?」
「う。とうじぇん」
何を当たり前のことをと、ぼくは不思議な思いでカルヴィンを見た。
そして、こてんと首を傾げたぼくは、あることに気付く。
「ヴぃ、ぎょめん」
「え?何が?」
突然謝ったぼくに、今度はカルヴィンがきょとんとするけれど、気付いてしまったぼくは、それが気になって仕方がない。
「ちわ、ちわ。しょれに、にゃいた、かりゃ」
カルヴィンが着ている服は、ぼくが掴みまくった結果、皺が出来てしまっているし、何より抱き付いたまま泣きじゃくったせいで、胸のあたりが汚れてしまっている。
「ああ、そんなことか。気にしなくていいよ、ジェイ」
カルヴィンは、軽く笑ってそんなことと言うけれど、これは絶対駄目なやつ。
ぼくは、無駄だと知りながら、手で懸命に伸ばしつつ、カルヴィンに着替えの有無を聞いた。
「らめ。ヴぃ。おきぎゃえ、は?」
用意はして来ているだろうけど、馬で駆け付けたところをみるに、後から届けられる可能性もあると思ったから。
「着替えは、馬車で運ばせているから、じきに届くと思う。あ、そうだジェイ。今夜は、一緒に湯あみをしようか」
ここが片付いたらそうしようと言うカルヴィンに、ぼくは、一も二も無く頷いた。
「う!じぇいみぃ、ヴぃの、おしぇなか、なぎゃしゅ!」
「ならば、ジェイミーの背は、吾が流してやろう」
「ふぇ!?」
いつのまにか、ぼくの・・というより、ぼくをだっこしているカルヴィンの後ろに来ていたカシムにそう言われ、ぼくは、またもカルヴィンにだっこされたまま、ぴょんと呼びあがってしまう。
あ、また蹴ったし殴った。
本当に、何度もすまない、カルヴィン。
「ヴぃ、いちゃい、いちゃい、ちた。ぎょめん」
わざとではないとはいえ、またも殴ってしまった顎のあたりをそっと摩れば、カルヴィンがふわりと笑った。
「痛いの痛いの飛んで行け、ってやって。そしたら、大丈夫だから」
「う。いちゃいの、いちゃいの、とんでいけけえ!」
絶対に痛くなくなるようにと、気合を入れて叫んだら『とんでいけけえ!』という、謎の言葉になってしまったけど、カルヴィンが満足そうなので、良しとする。
「ねえ、ジェイミー。もし吾が怪我をしたときも、それ、やってくれる?」
「う!れも、けぎゃ、ちないひょうが、いい」
『痛いの痛いの飛んで行け』なんて、いつでもやってあげるけど、怪我はしない方がいいと言えば、カシムが嬉しそうに笑った。
「心配してくれるんだね。ありがとう、ジェイミー」
「あちゃ・・あたりみゃえ」
お。
今のは、結構うまく言えたんじゃないか?
「ふふ。ジェイミー、ちゃんと発音出来て偉いね。じゃあ、さっさと終わらせて、一緒に湯を使おうね」
「う!」
「ジェイ。俺ともだからな?」
「わあってる!」
カルヴィンとカシムと一緒にお風呂なんて楽しそうだと、ぼくは、わくわくが止まらない。
「あ!しょうら!みじゅでっぽ、ちよう!」
「水鉄砲か。楽しそうだけど、お風呂で遊ぶと湯あたりするから駄目だよ。ジェイ」
「そうだね。ひよこを浮かべて遊ぶくらいにしようね、ジェイミー」
「ぶう!」
ここに七日も泊まっているぼくは、知っている。
ここのお風呂は、なかなかの広さなのだ。
だからずっと、ぼくは水鉄砲で遊びたかったのだけど、何せ、ぼくが体調を崩して長逗留となった設定だったために、今までは諦めていた。
でも、今は違う。
それに、今夜を逃せば、明日にはきっと出発してしまうからと思ったのに、ふたりは口を揃えて駄目だと言う。
ぼくは、当然のようにむくれた。
「ああ・・そうだな。一週間も、閉じ込めてしまったものな」
「そうか。ジェイは、思い切り遊びたいんだね?」
「う」
当然じゃないかと、ぼくはぶすくれたまま頷く。
「では、外で水鉄砲しよう」
「対戦形式にするのも、楽しいかもな」
そんなぼくの機嫌を取るかのように、カシムもカルヴィンもそんな案を出した。
「う!?」
嫌だなんて、言うわけがない。
ぼくは再び、うきうきと体を揺らす。
水鉄砲で対戦。
楽しそう!
あ、でも組み分けするなら人数が。
「ジェイミー様。裏帳簿、見つかりましたよ」
その時、弾むような足取りでアギヨンさんがやって来た。
お、メンバーもうひとり発見!
これで四人だから、組み分けできる!
「あぎょんしゃん、あにょね」
カルヴィンにだっこされたまま、ぼくは、揚々とアギヨンさんに向き直った。
ありがとうございます。