七十二、両手ぶらんこ
「よいちょ、よいちょ」
いちに、いちに、と弾みをつけて、ぼくは隠し階段を下りる。
ぼくの右手はカルヴィンが、左手はカシムが握ってくれていて、とっても楽しい気分。
「しゃいご、ぴょん、ちて!」
その気持ちのまま、最後の段では両手を上に持ち上げて、ぶらんこしてほしいとお願いして顔をあげ、ぼくはそのまま固まった。
な、なんだ!?
ふたりの間に、火花が見えるのは幻覚だよな!?
「ぴょん、か。分かった、ジェイ。高く上に上がってから、下りたいんだな?」
「もちろん、いいよジェイミー。ふふ。ジェイミーの可愛いお願い、吾がしっかり叶えてあげよう」
だけど、ぼくを見るふたりの表情はいつも通りで、やっぱり見間違いかとも思うけど、さっきのカシムの視線もある。
もしかしたら、カルヴィンとカシムは気が合わないのかもしれないと、ぼくは何となく考えた。
これまで、国として交流が無かったみたいなことも言っていたから、それで警戒しているのかも知れないな。
お互い、国の中心にいるから。
「ヴぃ、かちむ!」
「ああ。いくぞ、ジェイ」
「ふふ。用意はいいかい?ジェイミー」
「う!・・・ぴょん!」
初対面で警戒し合っているのなら、ぼくが間に入って橋渡ししようと決めると同時、ぼくは華麗に床へと飛び降りた。
まるっとカルヴィンとカシムのおかげだけど、楽しいものは楽しいから気にしないことにする。
「ここですか。割と広いですね」
「小麦を積んである部屋は、もっと広い」
ぼく達の後ろから降りて来たアギヨンさんが感心したように言い、カシムはそう言って、鍵を隠してある例の壺に近づく。
「これが、ジェイが隠れたっていう壺か」
「う!ヴぃ。じぇいみぃ、かぎ、がしゃんいって、びっくいちた」
カルヴィンが感慨深そうに言ってくれるのが嬉しくて、ぼくはこうやって隠れたのだと壺の後ろにまわり、ここにしゃがんでいる時に壺に鍵を投げ入れられて驚いたのだと、詳細に再現してみせた。
「怖かったろう」
「う」
そっと頭を撫でてくれるカルヴィンの手が温かい。
今は安堵溢れるこの場所での、あの怖かった時を思い出し、ぼくは、カルヴィンの足に、ぎゅっと抱き着いた。
「小麦の持ち出しは、ジェイミー様が活躍された晩だけですか?」
「ああ。七日ほど張っているが、動きは無い」
「ここから運ばれた荷が集積されている場所も、監視を?」
「ああ。もちろん」
この場所を起点に運ばれているのだという小麦は、みっつの経路を通ってマグレイン王国へ運ばれているそうで、そちらは既に追跡を開始しているとカルヴィンが教えてくれた。
「ここへ来る前に、父上と相談して来た。俺は、ジェイミーと一緒にこちらの伯爵を拘束して、一緒にヘリセ国王陛下のもとへ行く。そして父上は、マグレイン国内で王家が犯した不正の証拠を掴んで、動く」
「ヴぃ。らっこちて」
両手を延ばして強請れば、すぐに抱き上げてくれるカルヴィンの近さが嬉しい。
ぼくは、すかさずカルヴィンの服を強く掴んで、不安を散らした。
だって。
グローヴァー公爵が動く。
その動くというのは、そういうことなのだと思う。
不正を犯した王家を裁くのだから。
「青い鹿の印。ファロ伯爵家の紋の一部ですね。こうも堂々と家紋を使うとは、自分も嵌められたのだと言うつもりでしょうか。自分が領主の土地で、部下に裏切られたとでも白を切るのか、楽しみです。ふむ。あと欲しいのは、裏帳簿ですか。騎士が踏み込んで捜索している間に、見つけられるといいのですが」
この後、ここと他の集積所、そして経路すべて一斉に騎士団が踏み込むのだと教えてくれたアギヨンさんは、言葉とは裏腹、自信ありげに呟いた。