七十、腐った主
『ふふ。そんなに怯えずとも、冗談ですよ』
アギヨンさんに救世主と言われ、カルヴィンに、ひっしとしがみ付いたぼくは、ふとそんな幻聴を聞いた。
そうか。
救世主、っていうのは冗談だよな。
なんだ、なんだ。
アギヨンさんてば、あまりに本気っぽく言うから、うっかり本気にしちゃったじゃないか。
恥ずかしい。
「それでは、救世主たるジェイミー様。ジェイミー様が御覧になったというものを、わたくしにもお教えいただけますか?」
「ふぇ?」
アギヨンさんが、ぼくを救世主と言ったのは、ほんの冗談だったのだと安心しかけたぼくは、きらっきらの笑顔のままのアギヨンさんに、目の高さを合わせてそう言われ、困惑の声をあげてしまった。
いや、アギヨンさん。
その前に、ぼくが救世主っていうの、冗談だって言って。
それに、その説明は、カシムからすることになっているから。
「大丈夫だよ、ジェイ。ゆっくりでいいから、話してくれるか?」
「う・・ヴぃ。わあった」
だけど『カシムから話すことになっている』と伝える前に、カルヴィンから優しく言われたぼくは、こくりと頷きを返す。
アギヨンさんはとても優しそうだから、拙いぼくの話も怒らず聞いてくれそうだし、何よりカルヴィンがいるからな。
「んと、じぇいみぃ、きゃらきゅり、みちゅけた」
いざとなれば、カルヴィンが訳してくれると安心したぼくは、アギヨンさんの目を見つめて説明を始めた。
まずは、あの隠し扉のことから。
「からくり?ジェイ。それは、ジェイがひとりで見つけたということか?」
「う。しょう」
だけど、その出だしで聞いて来たカルヴィンに早々に視線を移し、ぼくはそうだと頷いた。
そのぼくの頷きに、カルヴィンの目が忙しく動き出す。
ん?
どうした?
そんなに驚愕することか?
「ひとりって、どうして・・・。遊んでいる最中だったとかか?それにしても、周りには、誰もいなかったのか?」
「ヴぃ。しょれは、ね」
不思議そう、というか、困惑した様子で聞いてくるカルヴィンに胸を張り、ぼくはあの夜、どうしてひとりで廊下に出たのか、そしてどうやってあのからくりの扉を見つけたのか、そして壺に隠し部屋の鍵が仕舞われた、あの最高に緊張した瞬間のことまで揚々と話した。
それはもう、冒険譚かのように。
「ジェイ・・・。そんな危険な目に遭っていたなんて。本当に無事でよかった。それに、怖がるばかりじゃなくて、きちんと証拠になるものを見つけて報告出来るなんて、流石ジェイだ」
「へへ」
ぼくの話を聞きながら、目を丸くして驚いていたカルヴィンは、だけどちゃんとぼくを誉めてもくれて、思わずによによしてしまう。
そうだろう、そうだろう。
もっと褒めてくれてもいいんだぞ、カルヴィン。
いくらでも、受け止めるからな。
「しかし。この地の領主が小麦を不正に取り扱っているのは確実だが。その相手までは分かっていないのではないか?ゆえに、喜ぶのは未だ早い。まあ、ジェイミーが優秀で、活躍したというのは確かだが」
そう言いながら近づいて来たカシムは、によによ笑うぼくの頬をつつくカルヴィンの手を払うように止めた。
いやいや、カシム。
別にカルヴィンは、ぼくをいじめていたわけじゃないぞ?
いうなれば、これもコミュニケーションだ。
「それは問題ございません、殿下。こちらの領主、ファロ伯爵の不正取引相手は、既に把握してございます」
「なに?」
「おお」
カシムの尤もな疑問に、アギヨンさんがさらりと答えるのを、ぼくは驚きと共に聞いた。
へえ。
そこは、分かってんのか。
もしかして、泳がせていたとか、そういうことだったりするのか?
でもな。
・・・あ。
カシムの眉が、片方だけ上がっている。
カシムも、相当驚いたんだな。
「して、その相手は?」
「マグレイン王国。王室でございます」
「ふぇ!?」
『カシムと過ごした時間も長くなったから、そんな癖まで分かるようになった』なんて、呑気に考えていたぼくは、アギヨンさんの言葉に飛び上がった。
今のぼくは、カルヴィンにだっこされた状態だから、その動きは当然カルヴィンに直接伝わる。
というか、思い切りつっぱった足で腹のあたりを蹴り上げ、振り上げた腕で肩から顔のあたりを殴ってしまった。
すまない、カルヴィン。
わざとではないんだ。
許してくれ。
「びっくりしただろう。でも、本当なんだよジェイ。残念なことにね」
だけど流石カルヴィン、漢前。
ぼくの暴挙のことになんて、触れもしない。
「ふぉおおお」
そしてぼくは、意味不明な言葉を発しながら、下がり切ったカルヴィンの眉を見る。
これは。
カルヴィン、相当に呆れているな。
『処置無し』って思っている顔だ。
「ヴぃ」
いい男が台無しだぞと、ぼくは、カルヴィンの眉を指でそっと引き上げた。
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