七、アイスの無い世界。
「ジェイミー。今日も元気か?」
初めて会ったその日から、カルヴィンは毎日のようにぼくに会いに来るようになった。
それで知ったのは、カルヴィンがクロフォード公爵家の跡取りであること、カール兄様と同い年で、クリフ兄様も一緒に勉強する仲だってことだった。
だけど、イアン兄様は、その集まりに一度も参加したことが無いとかで、未だ四歳だからなのかな、なんて思っていたぼくは、イアン兄様が母様と話をしているのを聞いて、思わず吹き出しそうになった。
『え?あのあつまりに、おれも?いやだ。いきたくない。それくらいなら、走っているほうがいい』
『一度くらい、行ってみない?』と優しく問うた母様に、イアン兄様は、苦虫を噛み潰したみたいな顔をして『いかなくていい』じゃなくて『いきたくない』って言い切った。
分かる!
分かるよ、イアン兄様!
我が家でも、八歳のカール兄様と六歳のクリフ兄様が読んでいる本って、確かに『え!?これをその年で!?』っていうものばかりだから、ある程度予想はしてたけど、カルヴィンも加えて読んでいる本や、学んでいることって、ぼくにはさっぱり分からない。
意味不明すぎて、すぐさま爆睡したよね。
なんかよく分からない記憶があるぼくでさえそうなんだから、純粋な子供のイアン兄様が興味持てなくってもしょうがないって。
ぼく達が普通なんだよ・・・たぶん。
さて。
そんなこんなで日を送っていたぼくは、ある日、衝撃の事実を知った。
どうやらこの世界に、アイスは、無い。
その事実を知ったのは、厨房へ連れて行ってもらったとき。
母様が『ここが厨房って言うのよ。あちちだから、ひとりで来ては駄目よ』って教えてくれた。
『いや、未だ歩けもしないから、絶対に来ないけど』と思いつつ、あれが竈か、室内で野菜が洗えるのか、なんて見ていたぼくは<あれ>が無いことに気が付いた。
冷蔵庫、なくないか?
いや、冷蔵庫そのものは無くとも、それに似たような何か。
・・・うーん、見当たらないな。
それに野菜も普通の保存室にあるってことは、もしかして、本当に無いのか?
ちょっと待て。
冷蔵庫が無いってことは、冷凍庫もなくて、アイスも無いってことか!?
まじかよ!
「あーうえ。あちち。ちゅめめあ?」
そんな馬鹿なと、ぼくは焦って母様に問いかける。
ああ。
何と言いたいのか、伝わっただろうか。
ぼくは今『あちちはあるけど、つめめは?』と言ったつもりである。
あちちが熱いものなんだから、つめめは冷たいものってことだ。
文句あるか。
ちゃんと、あちちの時には竈を指さした。
完璧だろう。
「チュメメア?・・ジェイ、チュメメアってなあに?」
「う・・うー」
まずい。
母様は、完全に誤った方向へ進んでしまった。
それでも上手く言えないぼくは、仕方なく、目に見える一番冷たいもの、水を指さした。
「ちゅめめ」
「お水?お水が、チュメメ・・・」
「ううう・・うっ」
それでも伝わらないので、頬に手を当て、ぶるぶるしたりして、冷たいを表現してみる。
「まあ、寒いの?ジェイ。風邪をひいてしまってはいけないわ。お邸探訪はまたにして、お部屋に帰りましょうね」
その日はそこで断念したが、ぼくは注意深く家族の食事を見ていて、そこに氷菓はひとつも無いことを確認した。
未だ完全に無いと確定するのは早計だろうが、これは覚悟しておいた方がいいな。
アイスはこの世界に無い。
もしくは、普及していない。
でもな。
うち、結構裕福そうなんだよな。
そんな家で、氷菓がまったくでないなんて、たぶんないよな。
ってことは、やっぱり無いんだろうな。
氷菓、アイスの無い世界。
ぼくが、これから生きていくのが、アイスが存在しない世界だなんて、アイス大好きなぼくにとって、これ以上の悲報があるだろうか、いや無い。
ということで、ぼくは決めた。
無いなら、作ればいいじゃん!
よし、目標決まり。
大きくなったら、ぼくはアイスを作りたい。
「・・・ジェイミー。随分、足の踏ん張りがきくようになってきたな。もう少しで、歩けそうだ」
「うっ!」
土足厳禁の絨毯に座って、ぼくが立つのを手伝ってくれるカルヴィンとも、すっかり仲良くなった。
「ジェイ。初めてのあんよは、カールにいにと手を繋ごうな」
「じゃあ、その反対の手は、俺。クリフにいにと繋ごう。ジェイ、約束だぞ」
「え。じゃあおれ、じぇいがころびそうになったら、だきとめる!」
そして、三人の兄様達も相変わらずで、ぼくは、とても幸せな日々を過ごしている。
「あいしゅ、あいしゅ!」
あんよ、あんよと己を励ましながら足を動かせば、明日にでもひとりで歩けるんじゃないかって気持ちになった。
いいぞ!
ぼくの未来は、明るい!
「愛す、か。ジェイミー、俺も大好きだよ。だけど、愛してる、っていうのは、未だ早いかもな」
「カルヴィン!初対面でジェイに妻になれとか言っておいて、なんだ、その言い草!」
「そんな適当な奴に、ジェイは渡せない」
「じぇいのて、はなして」
うきうきと、カルヴィンの手を握り、転ばないようにしてくれる安心感で、ぱたぱたと足を上下に動かしていたぼくは、その場に満ちた剣呑な空気に気付かなかった。
ブクマ、ありがとうございます。