六十九、救世主!?
「おお・・・ジェイミー様は、本当にお可愛らしいですね。カルヴィン様。よろしければ、わたくしが抱っこを代わりましょうか」
カルヴィンにだっこされたまま、両手両足を動かすぼくを見て、アギヨンさんがカルヴィンにそう申し出た。
「問題ありませんので、ご懸念なく」
「いや、ですが」
そして、素気無くカルヴィンに断られるも、アギヨンさんは諦める様子が無い。
それはもう『そんなにぼくをだっこしたいの?』と問いたくなるくらいの雰囲気を醸している。
ほお。
アギヨンさんは、相当の子ども好きとみた。
小さい子を見ると、だっこしたくなってしまうタイプの人なんだな、きっと。
「アギヨン伯爵」
そんなにだっこがしたいなら、ちょっとくらいいいかなと思ったぼくの思考を読んだように、カルヴィンは、ぼくに意味深な笑みを向けてから、再びアギヨンさんに向き直った。
うお。
カルヴィン、凄くしっかりしているけど、実際は未だ十歳。
報告中だから仕方ないとはいえ、立ったままぼくをずっとだっこしているのも辛いだろう。
なら、一時でもアギヨンさんにだっこしてもらうってのは、カルヴィンのためにもなると思ったんだけど。
分かったよ、カルヴィン。
それは、無しなんだな。
了解した。
「アギヨン伯爵。お気遣い、ありがとうございます。ですが、それより殿下へのご説明をお願いします」
尚も抱き取る気満々の表情で、ぼくへ両手を差し出すアギヨンさんに、カルヴィンはにこりと笑い掛けつつそう言って、物理的にも何気なくぼくを遠ざける。
いやあ、カルヴィン。
拒絶しているの、ありありだよそれ。
目も、全然笑っていないし。
『なら、吾の所に』と言いかけたカシムのことも、目で抑え込んだの知ってんだかんな。
この眼力王め。
「これはこれは。仲睦まじいご様子で何よりにございます。我が陛下も、さぞかしお喜びになられますでしょう」
ぼくとカルヴィンを見て、にこにこと言ったアギヨンさんに、カシムが冷たい目を向けた。
「何故、ヘリセの王家がそこまで肩入れする?一国の王家が他国の公爵家、しかも王家の血筋に連なる家に肩入れするなど、何を企んでいるのかと疑念を持たれても不思議ではないぞ?」
その声音は、ぞっとするほど冷たいけど、確かなことだともぼくは思う。
だって、他国が干渉して王家を挿げ替える気かって言われても、仕方のない発言ってことだから。
つまり、今のカシムは、サモフィラス王国を代表する立場ってことだ。
そっか。
だから今日のカシムは、完全に王子仕様なんだな。
この姿勢が、国を背負っているってことなんだろうな。
「そのことでしたら、殿下。ご心配には及びません。既にして、その状況ですので」
だけど、対するアギヨンさんは、今一つ危機感に欠けるというか、焦りのようなものが何も無い。
「なに?既にして、その状況であるというのか?」
カシムもそう思ったんだろう。
予想していたような反応の無いアギヨンさんに、カシムの方が意味不明と眉を寄せた。
「国交の無い殿下が、ご存じないのは当然のことでありますが。我が陛下は、現マグレイン国王即位の前より、その王位にクロフォード公爵を推しております。そしてそれは、周辺国すべての意思でもございます」
「ふぉおお」
アギヨンさんの話を聞いて、ぼくは思わず変な声を出し、カルヴィンを見つめてしまう。
それってつまり。
周辺国はみんな、カルヴィンの父様が国王になることを望んでいた、いや、今も望んでいるってことだよな?
カルヴィンの父様、凄くないか?
「ですが、周辺諸国がどれだけ説得しても、クロフォード公爵が動くことはございませんでした。それが」
そこまで言って、アギヨンさんはぼくを見た。
ん?
ぼくを見た?
なんで?
「こたびのジェイミー様への王家の仕打ちをうけ、クロフォード公爵は、漸くその腰をおあげになるご決意を固めてくださいました。ジェイミー様には、一同感謝しかございません」
「ふぇ?」
「大丈夫。ジェイミーが気にすることは、何も無い。ジェイミーは、ただ俺の傍にいればいい」
「う。わあった」
きらっきらな目でぼくを見るアギヨンさんに、思わず怯んだぼくを、カルヴィンが優しく抱き込んでくれる。
凄く安心できる、この場所。
悪いな、カルヴィン。
ただ傍に居るってのも、ぼくとしては抵抗ありだが、未だちっさいものでな。
苦労かけるが、よろしく頼む。
「獅子身中の虫を飼っているような国が、他所の国まで気にするとは。笑止」
ぼくとカルヴィンがそんな遣り取りをする間も、王子カシムは益々視線を凍らせてアギヨンさんに詰め寄っている。
今日のカシムは、本当に容赦がなくて、思わず、ぞくぞくしてしまう。
「その駆除にご協力いただけるとの報告を受け、殿下にも大きな感謝をしております」
そんな冷たい表情で言ったカシムに対し、アギヨンさんはカシムに向かって丁寧な礼をした。
それは儀礼的なものだけではない、心からの感謝を感じるもの。
「その件か。それなら。それこそ、ジェイミーに感謝するのだな。確かに密書をしたためたのは吾だが、それを発見したのはジェイミーなのだから」
「おお。それでは、ジェイミー様は、まこと我が国はじめ周辺諸国の、そしてマグレイン王国の救世主でいらっしゃるのですね!」
「ふあああ!?」
さっきのきらっきらより、更にきらっきらになった瞳をアギヨンさんに向けられて、ぼくは素っ頓狂な声を出し、カルヴィンにひっしとしがみ付いた。
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