六十六、再会
「あー」
今ぼくは、扉を見つめて『ぼくって馬鹿だな』と、しみじみ思っている。
だって、だってである。
ぼくはちっさいので、扉の取っ手に手が届かない。
だから、部屋を出る時は棚を利用した。
この棚が、どっしりとした物だったから、ぼくが扉を開けるのに大活躍をしてくれたわけなのだが。
その棚が、廊下側には、無い。
いや、廊下のところどころに、花を飾るんだろうなって、何も飾られていない棚はあるんだけど、客室の扉の隣には無い。
そして、扉はきっちりと閉まっている。
当然だ。
ぼくが部屋を出た後、扉が部屋の外側に開くのをいいことに、ぱったんと締めたのだから。
もう。
普通、こういう処は内側に開くようになってんじゃないの?
扉の閉まる音で、カシムが起きた様子の無いのを安堵した、過去のぼく。
『棚を使って扉を開くなんて、ぼくって結構凄いんじゃないか?』『発想力、素晴らしくないか?』なんて思っていた過去の自分を殴りたい。
帰りのことも、考えろよな。
扉、自力で開けられないだろうが。
「ひゃあ」
がっくりと項垂れても、取っ手は低くならない。
しかも『はあ』って発音できないから、何とも間抜けな響きになって、余計に辛い。
でも、いつまでも廊下で項垂れているわけにもいかないし、何より今のぼくには、怪しい男達のことをカシムに報告するという重大な使命もある。
「ちかたにゃい。かちむ、ゆるしぇ」
小さく呟き、意を決して扉を叩こうとしたぼくは、その扉へと激しい足音が近づくのに気づいて、思い切り横へ飛んだ。
そして次の瞬間、大きく開かれた扉を、ぼくは、どきどきと見つめる。
あっ、危ない。
ほらみろ。
やっぱり、こういう客室の扉は、内側に開くように作るべきなんだよ。
ああ。
驚いた。
「ジェイミー!すまない!怪我は無いか?だが、起きたらジェイミーが居ないから、気が動転してしまって」
言いながら、カシムがぼくの手足をさすって、怪我が無いことを確認してくれた。
「らいじょぶ」
大丈夫だ、カシム。
驚いただけで、痛いところは、どこも無いから。
「かちむ。じぇいみぃ、あやちいしと、みた」
それよりもと、気が急くままに報告しようとしたぼくを、カシムがきょとんとした顔で見る。
お。
そういう顔も、可愛いなカシム。
「え?・・・・と、とにかく部屋に入ろうか。ジェイミー」
「う」
それもそうか、廊下でするような話では無かったなと思いつつ、ぼくは、カシムに回収されて、無事に部屋へと戻った。
はあ。
一安心。
「それで?ジェイミー。怪しいひと、というのも気になるけど。そもそも、どうして廊下に出たの?」
「ごふじょ」
「ああ。ご不浄か。私を起こせばよかったのに。それに、どうやって出たの?取っ手には、手が届かないよね?」
不思議そうに尋ねて来るカシムに、ぼくは胸を張って廊下へと出た経緯を語る。
棚を足場にして、取っ手を掴んだのだと。
つい先ほどまで、帰りのことを考えなかった馬鹿だと思っていたことなど、もう微塵も気にならない。
ぼくは、今を生きるのだ。
「しょれで、あやちいしと、みた」
続けてぼくは、怪しい男達を見たことも語る。
すると、カシムの秀麗な眉が、どんどん寄っていく。
「・・・・・隠し扉に隠し部屋。そこで、小麦の袋を運び出していたか。それは、怪しいね。それも、青い鹿の印があったとなると」
難しい顔で、暫く考え込んでいたカシムが、何かを決意したように顔をあげる。
「ジェイミー。この宿、一週間ほど貸し切りにしよう」
「ふぇ?」
そして告げられた、ぼくにとっては意外すぎるその言葉に、ぼくは間抜けな顔でカシムを見上げてしまった。
え?
だって、隠し部屋とかを証拠に、悪党を捕かまえるんじゃないの?
え?
違うの?
「・・・ごめんね、ジェイミー。七日も部屋に閉じ込めて。それに、おうちに帰るのも遅くなってしまうし」
「んん。かちむ、わるない」
自分は何も悪くないのに、そう謝罪の言葉を口にして肩を落とすカシムに、ぼくは力強く首を横に振った。
「ありがとう。ジェイミーに『かちむ、わるない』って言われると、本当にほっとする」
「しょれは、よかっちゃ」
カシムがこの宿を貸し切りにしたのは、あの秘密の扉と秘密の部屋を見張るためだった。
あの日以来、何の動きも無いけれど、証拠を隠滅されても困るってカシムは言っていた。
何でも、青い鹿は、この辺りの領主をしている貴族の紋章に使われているとかで、ここの領主に訴え出ても、その領主が黒幕の可能性があるんだって、カシムは教えてくれた。
そりゃ、悪の親玉に訴えても、こっちが危険になるだけだよな。
「でも、もうそろそろ、報告が来るから。もう少し、我慢してね」
「う」
ここの宿屋の主人には、ぼくが体調を崩したと伝えて滞在を延ばしたので、元気に走り回るわけにもいかないのが辛いけど、あの日、怪しい男達を警護の騎士さんも外で見かけていて、ひとりは密かに後を追っていたとかで、秘密の集積場所とか、運ばれている経路なんかは、随分判明したと、カシムが言っていた。
流石、本職。
それで、そんな怪しい男達の所業をばっちり見てしまっているぼくは、危険でもあるので、保護の意味もあってのお部屋生活らしいので、文句を言うつもりはない。
カシムが、ちゃんと遊んでくれるし。
この地の領主ごと怪しいってことで、ここからは距離のある王城に、密書を届けてもらっているってカシムは言っていたからな。
他国の王族が絡むと嫌がられるだろうっても言っていたけど、国内の犯罪を見過ごすような王様じゃないといいな。
まあ、逆に、ぼく達を怪しいと思うかも知れないけど、調べてくれれば、嘘言っていないって分かると思うし。
てなことを考えていると、外で馬のいななきが聞こえた。
「おしょと、おうましゃん、きた」
「そうだね。馬が数頭、来たようだ。伝令かもね」
待ちに待った国王からの伝令かと、ぼくとカシムは期待に胸を膨らませる。
傍に控えていたナスリさんが、素早く外へ出て行く。
「説明は私がするから、ジェイミーは、何も心配すること無いからね」
「う。よろちく」
ぼくの拙い言葉で、国王の伝令が理解してくれるか分からないからな。
ちゃんと理解してくれて、隠し扉も隠し部屋も確認してくれているカシムに頼むのが一番だ。
ぼくは、いい子で大人しくしていよう。
「ジェイミー!ジェイ!」
「え」
そしていよいよ扉が叩かれ、ナスリさんの案内で入って来た、伝令と思しき人物。
そのあまりに意外な相手に、ぼくはあんぐりと口を開けた。
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今年も一年、ありがとうございました。
佳いお年を、お迎えください。