六十五、ジェイミー、暗躍す。
階段は暗いのに、下がうっすらと明るくて『さっさとしろよ』などと人の声がする。
そこから察するに、恐らく誰かが何かの作業をしている。
こんな真夜中に、秘密裡に作業しているなんて、あやしい以外の何物でもないよな。
てことは、ぼく。
ここに居たら、目撃者として捕かまってしまうのでは。
「まじゅい」
そしてぼくは、再び呟く。
このまま、ここに居るのはまずい。
かと言って、下りて来た階段を上るには、結構な段数があり、時間がかかるちっさい体。
とにかく、下りるか。
下りる方が近いし、未だ速いからな。
下に居る人たちが、さっさと何をするのか。
『さっさと、運べや』と言っていたのを聞くに、恐らく何かを運び出すのだろうが、そんな所を目撃したら、それこそ無事でいられる気がしない。
それはもう、微塵も。
そんなことになったら、今度は、森に捨てられるだけじゃ済まない。
きっと。
いや、絶対。
急激な危機感に襲われたぼくは、階段を出来るだけ急いで下りて、周りを見回した。
その間にも、人の気配がどんどん近づいて来る。
カンテラを手にしているのか、灯りも近づく。
あ、あの壺なら!
照らされて、見つけられたら一巻の終わり。
どきどきと高鳴る胸を押さえて、ぼくは、下の部屋からは少しずれた場所に置かれている、大きな壺の影に隠れた。
「まったく。色々、面倒なこと言いやがって」
「確かにな。お前と俺だけなら、もっと見入りもいいのによ」
「まったくだぜ。場所を貸しているからって、偉そうに」
「確かに、いけ好かねえ奴だぜ・・はっ」
「っ!」
悪態を吐く様に言った男が、ぼくが、その陰に隠れている壺に、何かを放り込み、がちゃんっ、という音がした。
び、びっくりした。
寿命が縮むとは、このこと。
咄嗟に口を押えて、何とか声を堪えたぼくは、その場で腰を抜かして座り込む。
その間に男達が、部屋の前に積んだ麻袋を、幾つも階上へ運んで行く。
何だろう?
あれ、小麦が入っている袋に似ているけど、小麦、収穫高悪かったって言ってたよな。
でも、そんな風には思えない数の袋があるから、違うのか?
小麦じゃないとすると、何かってことだけど。
・・・うーん。
やっぱり、小麦の袋っぽい。
けど、明日用の小麦、っていうよりは、密輸って言った方がしっくりくる感じだ。
あ、青い鹿の印が、見える。
この辺りの、領主の紋章か何かか?
腰を抜かしたまま、まとまらない頭で考えつつ、壺の影から男たちの動きを見ていたぼくは、男達が最後の袋を階上へ運びあげ、薄明るかった周囲が真っ暗になって初めて、正気に返った。
ま、まずい。
男たちと遭遇しなかったのは良かったけど、もしかしてぼく、ここに閉じ込められたんじゃないか?
さあっと血の気が引く思いがしたぼくは、ともかくと、手探りで階段まで辿り着くと、ゆっくり一段ずつ上がり始める。
焦らず、ゆっくり。
ゆっくり、焦らず。
とはいえ、上り切った先がどうなっているかも分からない。
ぼくは、異様に口が乾き、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
階段をよじ登る手も震えて、ともすれば落ちてしまいそうになる。
落ち着け、落ち着け。
「・・とびゅら、なち」
そうやって時間をかけ、何とか階段を上った先には、壁があるだけで、取っ手のような物は無かった。
いや。
そもそも、取っ手には届かないだろうが、扉らしき形もまったく感じられない。
扉が無い。
だけど、男たちは、確実にここから出て行った。
「きゃらきゅり?」
うーんと唸って考え、残る可能性はからくりかと、ぼくは、どんでん返しを試してみることにした。
壁と見える片方を押すと、くるりとひっくり返って向こう側に行けるという、あれだ。
まあ、その片方を見つけるのが、まず難しいかも知れないが、可能性にかけるのは悪いことではないだろう。
「うん・・ちじゅか」
しかしここで、脱出に成功したとしても、あの男たちと遭遇しては本末転倒と、ぼくは耳を澄ませて、人の気配が無いことを、念入りに確認した。
「よい、ちょっ」
そして、いざ、と壁に思い切り体当たりする。
お。
当たりっぽい。
力が足りないからか、簡単に開くことは無かったけれど、確実に、ただの壁ではない反応があって、ぼくは期待に胸を躍らせた。
「よいっ、ちょっ!・・・ちょおれっ!」
よいしょのそれっ、と思い切り。
ちっさいからと諦めることなく、渾身の力で体当たりを繰り返したぼくに、天が味方をしてくれたのか。
幾度目かの挑戦で、壁に見える扉はくるんと回転して、その途端、ぼくは廊下に転がり出た。
「きょきょ、っれ・・・」
そこは、ご不浄前の廊下。
そして、ぼくが転がり出て来たのは、廊下を挟んでご不浄前にぱかっと開いた秘密の入口。
どうやらぼくは、行きには無かった入口を抜けて、階段を下りてしまったらしい。
わあ。
秘密基地みたいだな。
呑気に思ったぼくは、それこそ秘密の部屋だと思い至り、慌てて自分の部屋を目指して歩き出した。
とにかく、カシムに報告しないと。
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