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六十一、修学旅行と言えば、枕投げ。







「あきゃ、あお、きいりょ!」


 馬車の外を流れる景色が一面の小麦畑となり、その収穫物を収めるのだろう幾つもの建物が並んでいる場所を通る。


 それらの屋根の色が、一色に統一されていないのが楽しくて、ぼくは端から順番に指をさした。


「ん?ああ、建物の屋根の色か」


「う!おにゃじ、おうち、なにょに、おやねのいりょ、ちあう!」


「そうだね。同じ建物なのは、あれが小麦を収納しておく倉庫だからだよ」


「おー」


 


 そっか、やっぱり穀倉か。


 でも、屋根の色だけ違うって、面白いよな。




「もう少ししたら、今日泊まる町に着くからね」


「う!」


 元気に答えて、ぼくは窓の外を見つめる。




 これだけ広い場所を耕して、実らせるって、すっごく大変なんだろうな。


 お百姓さんに感謝。




「ジェイミー」


「う?」


 心のなかでお礼を言っていると、カシムが、少し首を傾げてぼくを呼んだ。




「ジェイミーは、あの作物が何だか分かる?」


「う!きょむぎ」


「当たり。小麦。よく知っているね」


「えへへ」


 頭を撫でられて、ぼくは嬉しくカシムを見上げる。


「ここ、たきゅしゃん、きょむぎ、たいひぇん。ちゅくってくえて、あいがと!」


「そうだね。農家の努力で、小麦が実るのだから、感謝しないといけないね」


「う!きゃんちゃ!」




 農科の皆さん、本当にありがとう。


 それからもちろん、実りを齎す大地と空と色々なものに感謝!










「それは。いくらなんでも、法外なんじゃないか?」


「いえいえ。この辺りでは、それが相場でして」


 『今日お泊まりする所だよ』って、カシムがぼくを馬車から下ろしてくれたのは、然程大きくない一件の宿屋の前だった。


 なんか、余り拓けた感じの場所ではないな、なんて思いながら、カシムに手を引かれ宿屋のなかに入ったぼくは、先に宿で支度をしてくれているナスリさんが、誰かと言い合っているような声を聞いて、驚きカシムを見上げる。




 ナスリさん、いつも穏やかなのに、何があったんだろう?




「どうした?」


 そんなぼくの頭を撫で、カシムはナスリさんの傍へと寄った。


「主。ご到着でしたか。お出迎え出来ず、申し訳ありません」


「いや。構わない。それで?」


「それが、こちらでの食事のことなのですが、パンの値段が法外なものですから正当なのかと尋ねておりました」


 困ったように顔を伏せるナスリさんに対し、宿屋の主人と思しき男は、にまにました、何とも気持ちの悪い笑みを浮かべている。




 わあ、分かり易く金の亡者って感じ。


 こういう親父を、業突く張りって言うんだな。


 うん。




「これはこれは、ようこそ、お越しくださいました。いえね、従者の方はパンの値が違法に高いと仰るのですが、なんせ、春小麦の収穫がふるわなかったものですからね」


「そうか。冬小麦は、豊作だといいな」


「はい。そう願うばかりでございます」


 カシムの言葉に、より一層気味の悪い笑みを深くした業突く張りおじさんは、勝ち誇った顔でナスリさんを見た。




 うわ。


 ほんとに、嫌な感じ。




「主人が言う値でいい。部屋に行こう」


「畏まりました」


 身分を隠して泊まるカシムにとっては、あまり揉めたくないところなんだろうな、と思いつつ部屋に連れて行ってもらったぼくは、そのパンの値段を聞いてひっくり返った。


 だって『え?なにそれ。夕食全部の値段じゃなくて?』ってくらいの高値だったから。


 聞いた瞬間、ぼくは全面的にナスリさんに同意した。




 だって、あのにやり笑いの業突く張りおじさんだよ?


 絶対、カシムがお金を持っている客だって確信して、ぼったくりしているに違いない。


 


「ジェイミー、ごめんね。ヘリセとは、繋がりを持っていなくて。あ、でも。もちろん、入国とか通過の許可は王家からもらっているから安心してね」


「う。らいじょぶ。あいがと」


 宿屋に泊まることを、カシムに謝られてしまったけど、ぼくは、こちらこそ申し訳なく思う。




 いや、だってさ。


 カシムは王子なのに、言い方悪いけど、余り高級じゃない、だけでなく、ちゃんとしているかも怪しい宿に泊めることになったのって、ちっさいぼくに合わせての旅程のせいだし、そもそも、この旅自体が、ぼくのためだから。




「でも、ジェイミー」


「う?」


 ベッドに並んで座ったぼくに顔を寄せるカシムの目が、何か楽しそうだなと思ったぼくに、カシムは内緒話をするように言った。


「実はね。私は、こういう宿に泊まるのは初めてなんだ。何かありそうで、少し、わくわくしない?」


「わくわく」


「うん。ジェイミーと一緒だからかな」


 鸚鵡返しに言ったぼくに、カシムは本当に楽しそうな笑みを浮かべる。


「かちむと、いっちょ。わくわく」


 言いながら、ぼくは部屋をぐるりと見渡した。




 うん。


 この庶民的な感じ。


 確かに、修学旅行っぽいかも知れない。




「まきゅらなげ、しゅる?」


「枕投げ?」


 修学旅行と言えば、枕投げだろうと提案したぼくに、カシムが不思議そうに目をぱちぱちさせる。


「いっちょ、あしょぶ」


「うん。遊ぼう。一緒に」


 ふたりで枕投げは難しいかも知れないが、何か一緒に遊ぼうと誘えば、カシムも目をきらきらさせてくれた。




 さあて。


 何して遊ぶか。




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