六十、ジェイミーの完璧パン
「さて。そんな食いしん坊ジェイミーに、残念な知らせがある」
「ん?にゃに?」
残念な知らせとは何か、これ以上ぼくを打ちのめすつもりなのかと、ぼくは敗者の気持ちで、捻くれた瞳をカシムの膝からクレマンに向けた。
「おうおう。すっげ、恨みがましい目をしちゃってからに」
「ぷんっ」
声にも出して、ぼくはクレマンから、思い切り顔をそむける。
いいか、クレマン。
ぼくは、怒っているんだ。
決して、いじけているわけではない。
・・・・・まあ。
何に怒っているんだよと言われれば『なんだろね』と言うしかないのだが。
「まあ、聞けって。残念なお知らせ、まずひとつ。ここに、パンは無い」
「ふにゃっ」
「更に、ハムも無い」
「うぎゃっ」
「更に、更に言うなら、野菜も無い」
「ふぎゃああ!」
言われる度に、少しずつ正面に向き直ったぼくは、とどめのように言われた言葉に撃沈した。
「どうだ?残念だろう?」
「ふみぃ」
「申し訳ありません、ジェイミー様。昼食は、この先にあるイワドリという町で摂る予定なので、パンも手元にないのです。そしてここは、ハムの製造は行っておりませんので」
アベイタ伯爵に、本当に申し訳ないと言われて、ぼくは、ぶんぶんと首を横に振る。
「んん!あびゃいちゃ、ひゃくちゃく、わるない!」
「ありがとうございます、ジェイミー様。イワドリでは、こちらのチーズや牛乳を用いたお食事を、ご用意いたしますので」
「おにゃぎゃ、ちまち!」
『それは楽しみです!』とぼくは、頭を下げた。
いやあ。
楽しみだな。
新鮮な牛乳と、美味しいチーズを使った料理。
「あ」
想像したら、ぎゅるるるとお腹が鳴ってしまい、ぼくは慌てふためきながら、両手を自分のお腹に当て、上半身を折り曲げて隠す。
「おお。流石、食いしん坊ジェイミー。そんな今更懸命に腹を隠したって、ばればれだっての」
「うう」
つんつんと楽しそうに、クレマンが、ぼくのつむじをつつく。
くっそう。
さっきの仕返しのつもりだろう、クレマン!
「ジェイミーのお腹も催促していることだし、そろそろ行こうか」
カシムの膝で、お腹を抱えて丸まるぼくの頭を優しく撫でて、カシムがそう言った。
「う」
それに頷いて、ぼくが体を起こすと存外真面目な顔をしたクレマンと目が合う。
「なあ、ジェイミー」
「う?」
「こういう処で、さっき言ってたパンを食べられたら、嬉しいか?」
「うれちい!じぇいみぃの、きゃんぺ・っ・きゅぴゃん!」
そんなの、控えめに言って凄く嬉しいに決まっていると、ぼくは両手を挙げた。
「そうか。ジェイミーの完璧パンか」
「うう!」
ぼくが考える、最高の完璧パン。
「あ」
いけない。
想像したら、今度はよだれが。
くっそ!
笑うなクレマン!
そしてカシム!
『ああ、映像に残したい』って呟かない!
ぼくは、恥ずかしくてたまらないんだからな。
まあ。
ちっさいから、しょうがないか。
カシム。
拭いてくれて、ありがと。
「・・・・・さあ、ジェイミー。アベイタ伯爵とクレマンに、さよならしようか」
「う?」
牧場を出て、また馬車で少し行った所にあったのは、イワドリという小さな町だった。
そして、ここにあるアベイタ伯爵の別邸で、約束通りのお昼ごはんを食べて満足し、少しゆっくりしてから、出発するよと言われたぼくは、馬車に乗る前にそう言われて、不思議な思いでカシムを見た。
アベイタ伯爵とクレマンとは、ここでさよなら?
なんで?
ふたりも、一緒に行くんじゃないの?
こう、旅案内的な存在として。
「ジェイミー。ここは、セパアラ王国とヘリセ王国の国境に位置する町なんだよ」
「う」
「そして、ふたりと約束しているのは、セパアラ国内だけなんだ」
「うう」
そうか。
この町までがセパアラ王国ってことか。
だから、アベイタ伯爵とクレマンのふたりは、ここまで。
まあ。
国を移動するって、色々手続きもあるんだろうし、仕事もあるしな。
「あびゃいちゃ、ひゃくちゃく。きゅれみゃん」
セパアラ王国内だけとはいえ、ふたりには、見えるところではもちろん凄く世話になったし、きっと書類仕事なんかの見えないところでも世話になったんだろうなと、ぼくは、改めてアベイタ伯爵とクレマンに向き合った。
「なんだ?ジェイミー」
「なんでしょう?ジェイミー様」
「あいがと、ごじゃい、まちた」
今日は、お出かけリュックを背負っていない・・先に馬車に乗せてある安心から、ぼくは、思い切り頭を下げる。
あれを背負っていてこれをやると思い切りずれると、ぼくはもう、過去から学んでいるからな。
「はい、ジェイミー様。こちらこそ、ありがとうございました」
「ジェイミー。相棒なんだから、そんな改まった挨拶いらねえ、って。また会おうな」
「う!」
元気に返事して、きちんとカシムとも挨拶を交わすアベイタ伯爵とクレマンを、にこにこと見ていたぼくは、知らなかった。
クレマンが、あれだけ砕けた言葉遣いをするにあたって、アベイタ伯爵とカシムの間で遣り取りがあったこと。
そして何より。
これまで、繋がりを持たずに来たクレマン達のセパアラ王国と、ぼくの生まれた国、マグレイン王国の国交を開くため、彼らが既に動き出していたことを。
「・・・クレマンは、相棒希望と言っていたからな。やはり、最大の難関は婚約者。公爵家の子息か」
「かちむ?にゃあに?」
馬車の窓から身を乗り出して、邸の前で見送りしてくれているアベイタ伯爵とクレマンに手を振っていたぼくは、カシムの呟きに視線をそちらへ向けた。
「ううん。なんでもないよ。ほら、未だ手を振ってくれている」
「ひょんちょら!きゅれみゃん!みゃちゃにゃ!」
本当にありがとう、クレマン。
また絶対に、会おうな!
ぼくも笑顔で、遠ざかるふたりに思い切り手を振った。
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