六、カルヴィン・クロフォードとの出会い
「ごぶさたしております、クロフォードこうしゃくしそく」
さっきの舌打ちが嘘のように、イアン兄様がきちんとした挨拶をするのを見て聞いて、ぼくは、目の前のカール兄様と同じくらいの男の子が、我がクラプトン伯爵家より上位に位置する家の子だと分かった。
侯爵家か、公爵家。
どちらにしても、伯爵家より上だもんな。
そりゃ、兄様達は緊張・・・って感じでもないか。
舌打ちしてたし。
何か、問題がある子なのか?
「ああ、イアンか。久しいな。そして、ジェイミー。俺は、カルヴィン・クロフォードという。漸く会えた」
「う?」
侍従さんに抱かれたまま、ぼくは金髪に紫の瞳を持つ、麗しい少年を見る。
うわああ。
兄様達もだけど、この子もほんとに美少年。
目の保養、ってやつだな。
それにしても、誰だ?
兄様達は、警戒しているみたいだけど。
うちに居るってことは、反対勢力ってことも無いんじゃないか?
・・・そんなこともないのか?
「カルヴィン。ジェイは未だ幼く、礼儀作法もなっていない」
「ああ、その通りだ。一緒にお茶をするなど、カルヴィンはきっと耐えられない」
「おれも、そう思う」
「む」
カール兄様とクリフ兄様、それにイアン兄様、三人揃ってぼくの、というか侍従さんの前に立って言うのを聞いて、ぼくは、むっとなった。
悪かったですねー。
どうせ未だに、ごはん食べる時もお茶の時も、ぼろっぼろのびっちゃびちゃに零しますよーだ。
「うえっ」
心のなかでは、そんな風に強気で言い返すのに、実際のぼくは、半泣きになる。
兄様達に、本当は嫌われていたんじゃないか、呆れられていたんじゃないかって、ぼくは、いつもは優しい兄様達の後頭部を悲しく見つめた。
「えっ、ジェイ!?」
「どうした!?ジェイ!何か、悲しいことがあったか!?クリフにいにが付いているぞ!」
「じぇい、なかないで」
「馬鹿か、三人とも。ジェイミーは、お前らに貶されたから泣きそうなんだ・・・ほら、大丈夫だぞ。俺が傍に居てやるからな」
兄様達がおろおろしている間に、兄様を越えてぼくの傍に来たカルヴィンが、優しくぼくの頭を撫でる。
「う?」
「ジェイミーは、可愛いな。よし、大きくなったら俺の妻になれ」
「ううう!?」
えええええ!?
何言ってんだよ、こいつ。
ぼくもお前も男・・って、そうだった。
この世界、見た目男しかいないんだった。
「カルヴィン。ジェイは、未だシードかフィールドかも分かっていない」
「当然だろう。検査は五歳になってから受けるのだから。だけどな、俺の直観が騒ぐんだ。<ジェイが俺の相手だ>ってな」
ふふ、と、未だ子供のくせに、やけに威厳のある笑みを浮かべて、カルヴィンはもう一度ぼくの頭を撫でた。
「そうか。ジェイミーは、もうひとりで食べたり飲んだりできるのだな。凄いぞ」
「う!」
兄様達とカルヴィンと、テーブルを囲んでお茶をする。
それが何だか楽しくて、ぼくは、ぼく用に作ってもらった、取っ手が両側に付いているカップを自慢げにカルヴィンに見せた。
「ジェイミーの瞳と同じ、碧色のカップか。素敵だな。よく似合っている」
「くふふ」
子供用の椅子に座ったぼくの隣で、優雅にカップを扱いながら言ってくれるのが、また嬉しい。
「ジェイは、何をしていても、何を持っていても可愛いんだ」
「そうだぞ。俺の色である緑のカップを持っている時だって、すっごく可愛い」
「おれいろも、かわいい」
そして、そんなぼくとカルヴィンを見て、兄様達が何か不満そうに言っている。
うーん、なんだろ、この状況。
兄様達、カルヴィンが苦手なのか?
でも、親しそうではあるんだよな。
嫌悪している風でもない・・こともない、のか?
何か、微妙な表情している。
「俺色のカップ?なんだそれは」
「にいに・・んっ」
実は、ぼくのカップは幾つか種類があって、兄様達の瞳や髪の色は網羅しているのだ。
えっへん。
心のなかではどや顔で言えるのに、実際は、ああ無情。
にいに以外は、んっ・・んっ・・としか言えない。
「ジェイは、僕達の色のカップを持っているんだ」
「そうそ。食事の時やお茶の時、それぞれあるよな」
「おさらも、ある」
そんな、未だ満足にしゃべれないぼくに代わり、兄様達が説明してくれるんだけど、何だか嬉しそう。
ぼくのこと、呆れてたんじゃないのか?
大丈夫なのか?
「かぁにいに・・くぅにいに・・いぃにいに」
「ジェイ!カールにいにも、ジェイが好きだよ」
「どうした?ジェイ。もちろん、クリフにいにもジェイが好きだぞ」
「おれも、じぇいすき」
「いや、お前らを好きだとは言っていないだろう。ただ、呼んだだけで」
試すわけではないけれど、と兄様達を呼んでみると、いつものように前のめりで返事があり、そんな兄様達を呆れた目で見ながら、カルヴィンがぼくの口元を拭ってくれた。
「ちょっと待て!ジェイの口元を拭くの、今日は僕の番だ。その手を止めてもらおうか、カルヴィン」
すると即座にカール兄様が言って、カルヴィンの手を止める。
「え。カールの番、って。もしかして」
「ああ、明日は俺の番だ」
「そのつぎは、おれ」
どうだ羨ましいだろう、と、どや顔で告げる兄様達と、またも呆れた目になるカルヴィン。
そんな彼らを、どうしたものかと見つめつつ、ぼくは、カップのうっすい麦茶を飲む。
ああ、麦茶おいしい。
この世界に麦茶あってよかった。
白湯も好きだけど、食事中はともかく、お茶の時にひとりで白湯って寂しいからな、と俺はひとりで悦に入った。
いや、兄様やカルヴィンのことを忘れたわけじゃないぞ?
ただ、ぼくは未だ、一度にたくさんのことは考えられないんだ。
決して、麦茶に夢中になったからではない、と言葉強く付け加えておく。
ブクマ、ありがとうございます。