五十八、乳牛
「もうもうが、いゆ」
「ああ。この辺りは、牛乳売りが住んでいるからな」
「にゅうにゅう、うりゅ」
「牛乳売り、な」
馬車から身を乗り出すようにして外を見るぼくに、クレマンが笑いながら訂正を入れる。
「にゅうにゅう、うりゃ」
「ははっ。ジェイミー。うりゃ、って。何か投げんのかよ。牛乳を投げるのは、難しいと思うぞ」
「うー。きゅれみゃん、いじゅわりゅ」
「大丈夫。そのうち、きちんと話せるようになるよ。ジェイミー。毎日、頑張っているんだから」
「かちむ!」
そして、対するカシムはいつも通り優しくて、ぼくは満足と再び外を見た。
ぼくたちは今、セパアラ王国からヘリセ王国へと続く道を馬車で走っている真っ最中で、ゆったりとした馬車のなかには、ぼくとカシムが並んで、そしてその向かいにクレマンとアベイタ伯爵が並んで座っている。
こうして見てみると、アベイタ伯爵とクレマンって似ているよな。
伯父と甥だから当たり前なのかもだけど、色味が一緒だ。
アベイタ伯爵の弟がクレマンの父様だって言っていたから、きっとクレマンの父様も同じ色なんだろうな。
・・・・・ん?
あ、もしも、クレマンの父様が違う色なら、うちのイアン兄様とハロルド叔父様と同じってことか。
「どうした?俺の顔に、何か付いているか?ジェイミー」
「んん。きゅれみゃん、と、あびゃいたひゃくちゃく、いろ、おにゃじ」
「ああ。伯父貴と俺の色味が同じだって言ってんのか」
「う」
こくりと頷けば、アベイタ伯爵も優しく笑ってくれた。
「私の父が、この色味なのです。因みに、クレマンの父親・・私の弟は、私たちの母に似たので、まったく色味が違います」
「つまり、俺は爺さん似ってこと。まあ、兄貴も俺と同じ色味だから、揃って親と違うんだぜ」
けらけらと笑って言うクレマンは明るくて、両親と色味が違うことなど、少しも気にしていないように見える。
きっと、周りから心無いことを言われたりといった、嫌な思いをしたことが無いのだろうと、イアン兄様を思い出していたぼくは、なんだか、ほっとしてしまった。
「それにしても。ジェイミーがじっと見て来るから、さては俺に見惚れているかと思いきや。残念無念」
「見惚れるって。クレマン。ジェイミー様は、未だ二歳でいらっしゃるんだぞ?」
おどけて言うクレマンに、アベイタ伯爵が呆れたように言った。
「まあ、それもそうか。ところでジェイミー。お前、牛に興味があんのか?」
「にゅうにゅう、おいちい、なりゅ」
「そっか。牛乳が好きなのか」
「そういえば、駱駝のミルクも嬉しそうに飲んでいたよね」
「う」
カシムの言葉に、駱駝のミルクは砂漠での栄養源、って感じが凄くしたよなと、ぼくはあの独特な風味を思い出す。
そして、アイスにしてみたいと思ったことも。
牛乳で作るアイスに、駱駝のミルクで作るアイス。
いいじゃないか!
「そんなに牛乳が好きなら、牧場に寄って行くか?そうすりゃ牛も近くで見られるし・・・ああでも、先を急ぎたいか」
「牛乳なら、この先の町でも飲めると思いますが。どうしましょうか」
牧場に寄ったら、牛も見られるし新鮮な牛乳も飲めると言うクレマンに頷きつつ、別案も出したアベイタ伯爵がカシムを見た。
「ジェイミー。近くで牛を、見てみたい?」
「う!もうもうしゃん、あいがとしゅる!おいちい、にゅうにゅう。んで、にゅうにゅうから、おいちいの、できゆ、かりゃ!」
カシムの問いに、ぼくは、一も二も無く牧場見学を希望する。
牛乳ももちろん好きだけど、何と言ったってアイスの原料だからな!
乳牛には、幾重にも礼を言わないと。
「ん?ジェイミー。もしかして、牛乳だけでなく、牛乳から出来る美味しいものも好き、って言ってんのか?・・・うん。確かに、チーズ旨いよな。俺も好き」
「では、殿下。チーズも購入しましょうか?」
「そうだな。そうしてくれ」
ぼくの言葉から、チーズを連想したらしいみんなが話すのを聞き、ぼくはチーズにもときめいてしまう。
「ちーじゅ!」
因みにぼくは、固い物も柔らかい物も好きだから、何でも来いだ!
あー。
ハムとピーマン、それに玉ねぎとチーズをパンに乗せて、焼いて食べるのもいい。
チーズだけのピザで、はちみつを掛けても美味しいよな。
うお。
想像するだけで、よだれが出そうだぜ。
「おいおい、ジェイミー。顔が、崩れてんぞ?」
「美味しいものを想像したんだよね?そんなジェイミーも、可愛いよ」
「うぎゅっ」
く、崩れた顔って。
酷いぞ、クレマン。
でも、カシムも否定しなかったような・・・・。
複雑な思いのぼくを乗せ、馬車は牧場の入口をゆっくりと潜った。
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